松沢呉一のビバノン・ライフ

V6の「学校へ行こう!」が「学校に行こう!」ではなかった理由—格助詞の使い分け(3)[ビバノン循環湯 561] (松沢呉一)

「江戸に続く時代」と「江戸へ続く時代」はどう違うか—格助詞の使い分け(2)」の続きです。

写真は新宿区内で適当に撮った、方向を指示する看板や道路名の表示です。

 

 

 

「学校へ行く」と「学校に行く」

 

vivanon_sentenceそんなに観たことがないため、TBSの番組「学校へ行こう!」を「学校に行こう!」と書いてしまったことがあります。これには理由があるのだと思います。

V6がいろんな学校を訪れる番組趣旨に照らすと「学校へ行こう!」というタイトルにしたのは適切。毎回特定の学校に行くのですから、「あの学校に行こう」でもおかしくはないですけどね。

ここまで見てきた「に」と「へ」の使い分けからして、「学校へ行こう!」は不特定の学校を意味していて、「学校に行こう!」ではどこの学校かはっきりしている場合に使います。ここにおける「に」には「経由地」「起点」の意味合いは見いだせません。ただの着点なので、感得できる意味は一緒。対象の質が違う。

朝8時に家を出て学校に行く」「朝8時に家を出て学校へ行く」はどちらも使えるのですが、前者は「うちの娘は朝8時に家を出て学校に行く」という時に適していて、後者は「息子の成績について納得できないことがあったので、私は朝8時に家を出て学校へ行くことにした」に適していそうです。前者は日課になっている行為、後者はイレギュラー。特定か否かとはまた別の区分です。

この違いはレギュラーとイレギュラーではなく、具体性と抽象性の違いと見ることもできます。「学校に行く」では物理的な場所や建物を指していて、「学校へ行く」は勉強をする場所、教師がいる場所を指すような印象。

ということがわかってきたわけですが、ニッポン日記』にあった「このクラブに行ったことのある或る将校」「彼がそこへ行ったとき」の使い分けの意味が相変わらず解釈できません。最初から使い分けているわけではない可能性も高いわけですが。

次回に続く次回へ続く。ここでも、なんか違いがあって、「次回に」の方が継続性が強いようにも思えるのですが、よくわからんなあ。

「に」と「へ」の違いを精緻に研究している日本語学者がいないはずがないので、あとは本や論文を探すしかないか。

 

 

「新宿に行く」と「新宿へ行く」

 

vivanon_sentenceそもそも私自身の言葉の感覚がどれほど普遍性があるのかもわからない。特殊な感覚の人が自分の感覚だけを頼りにしたって正解に行きつけない。

言葉のデータをすぐに集積できるのは、インターネットの便利さのひとつです。

「“新宿に”」で検索すると、570万件ひっかかります。対して「“新宿へ”」で検索すると、136万件。一般に使う文章においては、具体的な場所をともなって、行動の方向を示す助詞は「に」を「へ」の数倍使っているようです。

「に」と「へ」は格助詞ではないものまでがカウントされている可能性がありますが、どちらも条件は同じですから、無視していいでしょう。

しかし、「に」は方向を含まずに場所を示す助詞としても使われるため、「新宿に」には、「新宿にいる」「新宿に着く」「新宿に立ち寄る」「新宿に忘れ物をする」「新宿に登場」といった用法もあり、場所を示すだけじゃなく、「心斎橋は新宿に似ている」「新宿に縁がある」「新宿に魅せられる」「新宿にとって」「新宿について」などの用法もあるので、実際には方向を示す「に」と「へ」はこの数字ほど差は開いていないはずです。

そこで、「“新宿に行く”」で検索すると92万件、「“新宿へ行く”」だと13万件しかありません。あれ? 動詞を絞った方が差が開いてしまいました。

続いて、「“遠くに行きたい”」を検索すると23万件、「“遠くへ行きたい”」は66万件で、「へ」の方が使用例が多くなる。これは「遠くへ行きたい」が番組タイトルのためです。 よくよく見ると、「遠くに行きたい」で検索しても、間違いであることを前提に「遠くへ行きたい」の番組がひっかかってきます。 「“”」をつけると、本来は似た言葉を排除してくれるのに、この場合は、親切にも「正しい」と思われる行き先を示してくれるわけです。固有名詞の場合は言葉が確定しているので、「どうせタイプミスだべ」ってことで、こういう処理になるみたい。

検索条件を設定し直して、「“遠くに行きたい” -遠くへ行きたい」として、「遠くへ行きたい」を完全排除する必要があって、これで、2千件ほど減ります。たいして変わらなかったか。

 

 

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