松沢呉一のビバノン・ライフ

井東憲の猶太陰謀論—日本におけるユダヤの評価[1]-(松沢呉一)

ナチス・シリーズを始めた当初、「日本におけるナチスの評価」を書いて、これと対になる「日本におけるユダヤの評価」の1回目だけ書いて、酒井勝軍なども続けてまとめようと思っていたのですが、そのまんまになってました。あとがもうないと思いますので、手直しして出しておきます(中村哲さんの話を加えてます)。それでもいつか続きを書くかもしれないので、[1]をつけたままにしておきます。

 

 

杉原千畝に日本人を代表させることは可能か?

 

vivanon_sentence杉原千畝のおかげで、ドイツと軍事同盟を結んではいても日本はホロコーストには加担しなかった偉い国って話に仕立てる人たちがいますが、あの人物は特例中の特例であって、ドイツにもソ連にも目をつけられ、外務省にも疎んじられながら信念を通し、戦後も長らく不遇な扱いを受けていたのだし、満州で見た支那人の扱いには批判的だったのですから、あの個人を日本人全体に拡大するのは無理ってもん。あの個人と一部の協力者たちが偉いってだけ。

中村哲さんも同じで、あの個人や協力者たちが偉いってだけで、「日本人の誇り」などと拡大するのは無理ってもん。彼だって、そんなもんをしょってやっていたわけではないでしょう。個人としてやむにやまれずやっていたのです。誇れるようなことを何もできていない自分を恥じるべきかと思います。私は恥っぱなし。

どういうもんだか、縁遠いのに、ユダヤ人に日本人(の一部)は親近感を抱く傾向はたしかにあったのですが、では、ナチスが台頭してきた時に、ユダヤ排斥を批判するような人たちがいたのでありましょうか。

国会図書館の公開資料を見る限り、ほとんど見つかりませんでした。むしろ、ナチス台頭とともに、ユダヤ陰謀論が急速に増えていき、ナチスに同調していく人々が増えていくのです。

※Clemens Jochem「Der Fall Foerster: Die deutsch-japanische Maschinenfabrik in Tokio und das Juedische Hilfskomitee」 邦訳されていないですが、この本は面白そうですよ。ヴィリー・フェルスターは反ナチスのドイツ人実業家で、日本で工場を経営。ナチスから目をつけられながらも、杉原千畝によって日本に来ていたユダヤ人たちを工場で雇い入れるなどの救援を行なったらしい。どこにでも偉い個人がいます。

 

 

井東憲のユダヤ陰謀論

 

vivanon_sentence国会図書館の公開資料を探してみて意外だったのは、小説家の井東憲が『アジアを攪乱する猶太人』(昭和十三年)なんて本を出していることでした。

ヒトラーの名前も挙げてその姿勢を肯定して、ユダヤ陰謀論を展開しています。井東憲はプロレタリア文学出身の作家で、梅原北明とも活動を共にしていた変態一派の人物でもあり、何冊か著書を読んでいるのですが、こういう本を出しているとは知りませんでした。

以下は序文の冒頭です。

 

猶太問題と言ふと、何か架空の問題か、人種問題かなぞのやうに誤解してゐる人がある。これこそ大きな間違ひで、猶太問題こそ、吾々の直ぐ足許へ押し寄せて来てゐる国際秘密力であって、これ以上に現実な問題はない位のものである。

猶太人は、一体世界をどうしようとしてゐるか、日本にどんな働きかけをしてゐるか。已に、英米仏は、猶太の帝国、少なくとも猶太の勢力の許にあると言はれてゐる。

第一次世界大戦を企んだのも猶太であるし、ロシア革命をはじめ、凡ゆる共産主義革命の裏には、彼らの魔手が動いてゐると謂はれる。

ヒットラー氏の卓見に俟つまでもなく、猶太人は世界平和の撹乱者であり、世界赤化の隠謀家である。カイザーをして、世界大戦を惹起せしめたのも猶太人であるし、その間ロシア革命を達成せしめたのも又ドイツを最後まで叩きのめしたのも、平和会議の委員も、国際連盟の委員も、凡て猶太人である。勿論オースタ(ママ)リアとドイツとフランスを赤化したのも、猶太人である。

洵(まこと)に、恐るべき、憎むべき国際秘密力であって、たとえば今次の支那事変の背後に踊るものは、凡て猶太的のものばかりだ。

これが、草を分けても研究すべき、重大問題ででなくて何であらう。正体がはっきりしなければしない程、彼らの秘密は大きく深いのである。

日本こそ、アジアこそ、猶太に穢されてはならなぬ。

 

 

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