松沢呉一のビバノン・ライフ

女が買春するのは江戸時代からあったこと—役者買いの大衆化-[ビバノン循環湯 549] (松沢呉一)

磯村春子著『今の女』で知る大正初期の女たち—女言葉の一世紀 150」に、女工が女の役者を「役者買い」する話が出てきました。同性は珍しいですが、「役者買い」自体は珍しくもなんともない。当時の新聞や雑誌にはよく出ています。この辺のことが今は忘れられてしまっていて、そのことを説明した原稿を循環しておきます。10年以上前に、ネットの連載で書いたものです。そのサイト自体すでに消滅しています。

 

 

陰間は女の客もとった

 

vivanon_sentence昨今、女たちがホストクラブ、出張ホスト、売り専の客になることに眉をひそめるムキがあるわけですが、これは日本の伝統であって、今になって急に女たちが買春をするようになったわけではありません。

こういう話はなかなかクローズアップされにくいだけのことで、「男は金を出して遊べるところがあるのに、女が遊べるところがない」なんてブーたれるのは今も昔も間違いです。探そうとしていないだけです。

江戸であれば湯島、京都であれば宮川町などに陰間茶屋があったことが知られます。売り専の元祖みたいなものであり、女人と接することができない僧侶たちが足繁く通ったことが知られます。

しかし、陰間茶屋は男の客専用だったのではなく、女の客もいました。美少年揃いだったらしいので、江戸時代の女たちだって客になりたいってもんです。私も客になりたい。

武家の妻と陰間が手をとりあって駆け落ちをする例はひとつやふたつではなかったようです。

※英語版Wikipediaより「歌舞伎役者と陰間」

 

 

役者買いとは?

 

vivanon_sentence戦前の雑誌を読んでいると、「役者買い」という言葉がよく出てきます。ルビがどれも「やくしゃがひ」ではなく、「やくしゃかひ」になっているので、濁らず、「やくしゃかい」と読んだようです。

広くは性別を問わず、役者に贔屓の客が金を出して、セックスの相手をしてもらうをことを差しますが、戦前の雑誌での「役者買い」の「役者」は、女の役者ではなく、もっぱら男の役者のことであり、金を出すのは女の客です。

男が女の役者に金を出してセックスの相手をしてもらうのは古今東西で見られることで、日本では女歌舞伎がそうでしたし、今だって映画女優やタレントにはパトロンがついていることが珍しくありません。また、江戸時代、女形の歌舞伎役者は男色家の相手をし、御殿女中らも歌舞伎役者の客となりました。

歌舞伎役者であれ、新劇俳優だって、旅役者であれ、男だって、売れないと役者だけで食べていくことは難しく、パトロンをつけるしかない。こういったパトロン、愛人関係をもつことを一般に「役者買い」と表現します。

これはもともと花柳界でよく使われいた用語です。つまり、芸者が歌舞伎役者に入れあげて、金銭面まで面倒を見ることから始まった言葉です。これを世間の人たちは当たりまえのこととして受け入れていたばかりでなく、人気のある役者をサポートすることが芸者自身のステイタスでした。新聞や雑誌もそのことを書き立てて、知名度が上がり、芸者もお声がかかることが増えるという寸法です。

それだけの金を得られる女はそうはおらず、役者買いは売れっ子芸者の特権であって、人気のある芸者に惚れられることが役者のステータスでもありました。 戦前の雑誌や新聞には、新橋の何千代が歌舞伎役者の何五郎に入れあげているなんて話がよく出ていて、芸者と歌舞伎役者の関係は役者買いとして公然と語られ、一般庶民にとってはこれもまた娯楽でした。

役者と芸者はそれで箔がつき、知名度が上がり、新聞や雑誌はネタになり、読者もそれを娯楽とする。全員ハッピーな世界。

孤松斬風著『現代俳優情話』(明治43年)より、「女が酒を飲み、博打をやっていた時代から、外出もままならなくなっていく過程—女言葉の一世紀 154」に出てきた新派の俳優・河合武雄。追記したように、妻の栄子は元芸者で、客からあざとく金を巻き上げていたようなので、その頃は河合武雄を「役者買い」していたのかも。

 

 

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