松沢呉一のビバノン・ライフ

シャーロット・パーキンス・ギルマンの台所廃止構想—女言葉の一世紀 157-(松沢呉一)

青鞜演説会で岩野泡鳴が語ったこと—女言葉の一世紀 156」の続きです。

 

 

エメリン・パンクハーストを代議士に

 

vivanon_sentence私が岩野泡鳴著『男女と貞操問題 』で注目したのは、岩野泡鳴の婦人解放論です。本にするために寄せ集めたものなのですが、主題の家庭内のトラブルよりも、そっちの考え方が徹底していて面白い。

そのことは前回見た講演の内容でも十分にわかりましょう。あの講演では文学者らしくノラを題材にした話が後半続いているのですが、文学のみならず、婦人解放関連の文献にはしっかり目を通しています。エレン・ケイの名前はもちろん出てきて、良妻賢母的解釈ではなく、個人主義的な側面までを取り入れています。

つまり、夫からの申し出でも、妻からの申し出でも、片方が結婚を維持できないとなったら、離婚することができるようにすべきと岩野泡鳴は主張しています。エレン・ケイの主張のもっとも大事な点のひとつです。エレン・ケイを評価した人たちは山ほどいても、ここまでを肯定した人は日本ではあまりいないと思います。

婦人参政権にも積極賛成です。サフラジェットという言葉は出てこないですが、サフラジェットの中心団体WSPUの代表だったエメリン・パンクハーストの名前をたびたび出していて(「パンクハスト」という表記です)、パンクハーストが婦人参政権運動を始めたきっかけは、女は低級の公務員にしかなれない経験からだったとして、「男子のけち臭い抗議を撤せしめて、もッと婦人に寛大になり、かの女をして代議士にでも、高級官吏にでも、弁護士にでも成らせてやるやうにすべきである」と言ってます。

サフラジェットの具体的行動についての評価はないですが、「婦人参政軍隊長パンクハスト」という言い方もしており、その行動を踏まえた呼称でしょう。

サフラジェットをリアルタイムに肯定的に書いたものを読んだのは森律子以来です。何十年も経てば安心して肯定できるとして、リアルタイムにはなかなか支持できなかったろうと想像します。今で言えば香港の勇武派みたいなもんですから。

岩野泡鳴は日本の姦通罪や治安警察法の男女不平等な規定についても撤廃を主張し、女がなれない裁判官や政治家にもなれるように法改正すべきとも言ってます。。

また、米国のギルマン夫人という人物の提唱した「台所なしの家庭」も肯定的に紹介しています。「僕等は、実際上、台所なしでも、進んだ家庭なら成立することを知ってゐる」と書いているだけですが、これが気になって、国会図書館で検索したら、ギルマン夫人の著作は一冊だけひっかかりました。『婦人と経済』(1911年/明治44年)です。

Emmeline Pankhurst, Suffragette, 1858-1928.

 

 

シャーロット・パーキンス・ギルマンの思想

 

vivanon_sentence婦人と経済』はムチャクチャ面白い。面白くても、明治のものとなると、スラスラとは読めないので、全部は読めてないのですけど、「台所なしの家庭」をざっとまとめると以下のような展開。

 

男女の役割は作られたものであり、それが必要とされた時代はあったとしても、今現在は必要がない。それを克服するためには子どもは男女同じく育てればよく、家事は男女が分担すればいい。この時に障害になるのは「家庭の隠密主義」である。家庭は家庭外の人々に触れさせない聖域になっているが、公開していい部分は公開すればいい。掃除も洗濯も料理も公開にすればいい。料理は外に食べに行ってもいいし、料理人に作らせてもいい。料理をともに食べることはコミュニケーションにとって重要であることは言うまでもないが、それらの方法をとったところで、家族がともに食事をすることは可能。また、時にはそれぞれ別に食事をしてもいい。これまでの「隠密主義」の考えから、女が料理をすることになっていて、それを家庭内で行なうようにできていた家があるから縛られ、その片付けでまた時間をとられる。だったら、新しい家には台所を作らず、部屋は各自独立させ、各自が管理をし、夫婦は経済的に各自自立するのが望ましい。

 

といったところです。

 

 

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