松沢呉一のビバノン・ライフ

「童貞。をプロデュース」の権利を互いにどう把握していたのかが気になる—包茎復元計画[番外2]-(松沢呉一)

「お許し下さい」とストップワード—包茎復元計画[番外1]」の続きです。

 

 

 

 

権利を自覚することの大事さ

 

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現状、私は「童貞。をプロデュース」については判断保留であり、事実関係がはっきりした段階でどちらにも転び得ます。

『童貞。をプロデュース』監督・松江哲明より」に書かれていたように、裁判になるのであれば、あるいは裁判にまでは至らないとしても、客観的な姿勢を維持できる人が間に立つ環境ができれば、事実関係をはっきりさせて欲しい点がいくつかあって、そのひとつは前回書いた「どこまで合意がなされていたのか」または「どこまで合意がなされていると考えていたのか」の擦り合わせであり、もうひとつは権利です。

現段階でははっきりしたことは言えないですが、背景にあるのは権利問題なのかもしれないとも感じています。

この映画の場合、共同制作とまで言えるのかどうかわからないですが、本人がどう自覚していようとも、加賀賢三氏が撮った部分についての著作権は加賀氏にありましょう(追記参照)。その部分についての確認はなされているのかどうか、それに対する支払いはなされているのかどうか。強要云々とは別に気になります。

そのことを自身が認識していたら、もっとはっきりと監督に伝わる形で意思表示ができたのではないかとも想像しますし、監督も権利者としての配慮をしたのではないかとも想像します。

権利については「事前に契約書を交わしておけばこんなことにはならなかった」という話ではあるのですが、圧倒的な力関係の差がある場合の契約書は強い者に有利になるだけですから、すぐに契約書のことを持ち出すのはあまり賢いとは言えない。これについては「kaoriとアラーキーの件」を参照のこと。

しかし、どういう権利があるのか、あるいはないのかについて明示することはできて、ここまでこじれることはなかったとは言えます。

契約書を交わすのだとしても、力の弱い側が自分の権利を適切に認識することが必要で、対抗できる知識が必須です。力がある側は自分がやりたいことをやれるような契約にしたがりますから、距離のある立場の人が契約に関する調整役になる必要があるかもしれない。

追記:映画を観た人から「監督から命じられて撮っただけだから、著作権はないのではないか」との指摘をいただきました。それ自体、私は判断不能ですが、そこに著作権が発生していたとしても、素材として使用することの合意があったなら、それをもって上映に反対するなんてことはできないですわね。

 

 

カナダにおける編集者の資格

 

vivanon_sentenceこれに関しては、ちょっと前に聞いた話が参考になります。日本評論社で『セックスワーク・スタディーズ』の編集を担当した吉田守伸さんが退社して、間もなくカナダに行きます。彼は英語が堪能で、以前から英語圏で編集の仕事をしたいと考えていて、その夢を実現するためのカナダ行きです。

先日あった壮行会で、どうそれを実現していく計画なのかを聞いたら、まずカナダで職業訓練校に入るそうです。カナダでは編集の仕事に就くためには資格が必要で、大学や専門学校で取得している場合は、そのまま採用試験を受けられるのですが、それがない場合はその点ではじかれることが多いので、職業訓練校に入って、その資格を取得することになるらしい。

絶対不可欠な資格ではないようで、カナダ国内で実績がある場合は不要ですが、そうじゃない外国人は大学に入り直すか、職業訓練校に入るしかない。

彼にその話を聞いたあと、検索してみたら、カナダ編集者協会(Editors’ Association of Canada)という非営利団体があって、ここもそのプログラムを提供しており、この資格の始まりはこの団体かもしれない。

この団体のサイトによると、カナダの編集者の半分強はフリーランスで働いていて、この団体自体、フラーランスの集まりから始まっています。

フリーとなると、依頼する側もなんの保証もなくて不安ですから、技術を裏づけるものとして始まった資格ではないかとも思われて、これが社員編集者の採用の参照にもされるようになったのではなかろうか。

 

 

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