松沢呉一のビバノン・ライフ

勝海麻衣が表現したかもしれない銭湯の現実—新・銭湯百景[2]-(松沢呉一)

「もうやめたい」と銭湯のおばあちゃんは溜め息をつきながらも銭湯をやめない理由—新・銭湯百景[1]」の続きです。今回も写真は文章と無関係です。

 

 

 

活気のある下町銭湯

 

vivanon_sentence

墨田区の銭湯に行った時のこと。

午後6時ちょうどだったのですが、すごい人。前から言っているように、今時の銭湯は誰一人いないことだってあって、10人もいるとまあまあ混んでいる印象になりますが、この銭湯では脱衣場と洗い場を合わせて20人以上いました。超満員。

いつも混んでいる高円寺の小杉湯かと思いました。小杉湯は若い世代も多いのですが、こちらは私と同世代くらいがもっとも若く、あとはすべてそれより上。

脱衣場でも洗い場でも、あちこちで会話が交わされています。男湯でこうも言葉が飛び交っていることは珍しく、小杉湯でもここまでではない。老人会か何かがあって、その帰りなのでありましょうか。

何を話していのだろうと気になって洗い場でかけ湯をしながら耳をそばだてていたのですが、ひと組はスーパー銭湯の話をしていました。

「亀有のあそこはどうなんだろうね」

「どうなんだろう」

2人とも行ったことはないらしい。

この2人は声が大きかったので聞こえましたが、これ以外は聞き取れませんでした。

浴槽は3つあって、壁に向って右側の浴槽だけが人がいっぱいで、左は湯の排出口があるので熱そう。真ん中の広い浴槽に入りました。44度くらいあって私の好きな湯温です。

 

 

葛飾区は水曜・木曜が高齢者無料の日

 

vivanon_sentenceそこに入っていたら、じいちゃんがやってきて浴槽に入ろうとしはたところで、そのじいちゃんに別のじいちゃんが声をかけます。

「そこは熱いだろ」

「熱いのは最初だけだよ」

そう言って入ってきて、「今日は熱くていい湯だな」と私の方を見て、独り言のような、話しかけてきたようなことを言うので、「熱いけど、ちょうどいいですね」と返事をしました。

「熱い湯がいいよな。時々水で埋めるのがいて、埋めてもいいけど、出しっ放しにするヤツがいるんだよ」

それはいかんです。

私は「いつもこんなに混んでいるんですか」と聞きました。

「ここはいつも混んでいるけど、今日は特別。金曜日だから、墨田区の銭湯は老人がタダなんだよ。だから、老人ばっかりだろ。いつもそうだけど」

区によって老人向けの無料あるいは割引の方法は違うのですが、墨田区は65歳以上は木曜日か金曜日のどちらかを選択して無料になるらしい。日曜日はだいたいどこも混むので、それを避けるのはわかるとして、どうしてこんな変則的なルールにしているのか不明。

 

 

伸び伸び体操を忘れた

 

vivanon_sentenceこのあとも、ちょっとだけ会話が続いたのですが、じいちゃんはすぐに出ていきました。熱い湯にさっと入ってさっと出る江戸っ子スタイル。

人が多いために、チンコの皮を伸ばせそうになく、私は観察モードに入りました。あっちと話し、こっちと話し、といった人もいる一方で、誰とも話していない人たちもいます。刺青が入った人もいたのですが、この人も誰とも話してませんでした。

珍しく、洗い場で女の話をしているのもいたようです。会話の内容までは聞こえなかったのですが、小指を立ててました。この少しあとで別の人がやっぱり小指を立てていて、短時間で二度も見るとは。

 

 

next_vivanon

(残り 1499文字/全文: 2889文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ