松沢呉一のビバノン・ライフ

銭湯に行く人は少ないのに、全裸で知人と出くわす不思議—新・銭湯百景[4]-(松沢呉一)

銭湯を利用する人は都民の何パーセントか—新・銭湯百景[3]」の続きです。

 

 

 

現在の銭湯を支えている人々の大半は本を読まない

 

vivanon_sentence前回に続いて、「銭湯本」のマーケットについてです。

今も銭湯が残っている地域の人たちだけでも買ってくれる人が多数いれば銭湯の文庫を出せるのですが、それらの都市でも銭湯利用者の数が減り続け、銭湯は減り続けています。

コアな銭湯利用者は高年齢層であって、『腰痛は治せる』『安く済ませる葬儀』なんて本なら買うとして、いまさら銭湯の話なんて読まないのです。『銭湯健康法』にすれば買う人が少しはいるかもしれないけれど、それも怪しい。

銭湯に来ている老人たちはパチンコや競馬、競艇、スナックに金を使うことはあっても、本を買わない人たちが圧倒的に多いと言ってよさそう。老人たちがギャンブルや飲み屋の話で盛り上がっているのを耳にすることはよくありますが、本の話をしているのを聞いたことは一度としてない。学生たちが学校の授業のからみで参考になる本の話をしているのを聞くことがあるくらいです。

つい先日、墨田区の銭湯で脱衣場にいたら、女湯からこんな会話が聞こえてきました。洗い場は天井が高いため、声が反響して聞き取りにくいですが、脱衣場では聞き取れます。

「歳をとると、料理を作るのも面倒になって、つい出来合いの総菜を買ってきちゃう」

「買物に行っても、何を買うか忘れちゃうので、私はインターネットでレシピを見て全部ケータイにメモをするようにして、料理は自分で作るようにしているよ」

「若いですねえ」

「若くないですよ。60代はもうおばあちゃんですよ」

男湯で、インターネットに店の悪口を書かれて困っているという話をしていたこともあって、60代、70代だと、インターネット、スマホの話もしばしば出ます。また、「この世代は今もテレビが好きなんだなあ」とよく思わされますが、「さすがに昔の人は本が好きなんだな」と思わされたことは皆無です。

「若い頃は読んだけれど、歳をとると老眼のために読めない」という人もいるでしょうが、おそらく若い頃からギャンブルや酒、女の方が好きだったタイプの人たちの方がうんと多い。「銭湯は日本の文化だ」と言われますが、現在その文化を支えているのはこういう層です。「ギャンブルだって文化だ。スナックだって文化だ」とも言えますが、本という文化には無縁の人々です。良い悪いはともかくとして、これが現実です。

また、生活保護を受けている人たちも銭湯には通っていて、銭湯利用者の中心は金のない層です。

この人たちは銭湯に積極的な興味があるわけではなく、役所から無料パス、割引パスをもらえるから銭湯に行くだけだったり、知り合いに会えるから銭湯に行くだけです。

銭湯利用者をターゲットにした銭湯本はマーケットが小さすぎて、『80歳で愛を告白する方法』という本と同じくらいに売れそうにない。と適当に書いて思いましたが、この本の方が銭湯の本より面白そう。

※高円寺・小杉湯の番頭さんが書いた『銭湯図解』。これは銭湯本としては異例のヒット。この本のために、いよいよ小杉湯は混むようになったらしい。

 

 

人気アイドルが銭湯の本を書けばなんとかなるかも

 

vivanon_sentence以前、岑さんにも話してますが、銭湯利用者である私自身、銭湯の本を読みたいとは全然思わない。

風呂の歴史ものは2冊読んだことがあって(うち1冊は今野信雄著『江戸の風呂』。もう1冊はタイトルを忘れましたが、1980年代に出ていたもの)、だいたいのことはわかったので、これ以上知りたいとも思わない。今現在の銭湯については実際に行けばいいことですから、本を読むまでもない。

銭湯のヘヴィユーザーを対象にしたって売れるわけがないので、その外に向けた切口が必要です。勝海麻衣があざとく目をつけたように、銭湯は埋め草的な町ネタとして重宝されますから、斬新な視点があればメディアが確実に取り上げます。

私はチェックさえしてないですが、岑さんによると、何年かに1冊はボチボチ売れる銭湯本が出るらしい。女の書き手による銭湯巡りだったり、外国人の銭湯巡りだったり、近隣の飲み屋とカップリングにしたりといった新機軸を入れることで話題になり、銭湯に行かない人も買う。

それにしても、そんなに売れるものではなく、2,000部で採算がとれる単行本ならいいとして、万を売らなければならない新潮文庫では無理です。

銭湯に行くとヒートショックで老人が倒れて救急車がやってくる。次の銭湯ではカランの取り合いで刺青の入ったじいさん同士の殴り合いが始まり、次の銭湯では火災が発生し、次の銭湯では番台のおばちゃんと恋に落ちたりすれば、その話の面白さで読ませることができますが、そんな面白い話はひとつもねえよ。

せいぜいのところ、前日、客が亡くなった銭湯に行ったり「もうやめたい」とおばあちゃんが嘆いている話を聞くくらい。ハッテン銭湯は面白いですが、銭湯には歓迎されないですし、ゲイ対象もまたマーケットが小さい。

 

 

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