松沢呉一のビバノン・ライフ

GACKTで初めてイッた女—性風俗店のBGMを考察する[上]-[ビバノン循環湯 564]-(松沢呉一)

槇原敬之が書いた歌詞はシャブ臭い—「世界に一つだけの花」を吟味する」にGacktの名前を出したため、「松沢はGacktのマブダチなのか」と誤解した方がいらっしゃるようですが、会ったこともない。その誤解を解くために、その話の元になった「ロック画報」の連載を出しておきます。連載3回分を続けて出します。

図版はチャールズ・ギルハウゼン(Charles Wesley Gilhousen)という米国の写真家の作品です。1867年生まれで、1929年に亡くなってますから、著作権は切れてます。もともとメトロポリタン美術館に収蔵されている作品でこの名前を知って(冒頭に出している写真です)、検索したら多数出てきました。オークション・サイトでもよく売りに出されていて、しかもオリジナル・プリントにしては安い。これらはポストカードとして販売されたものなので、多く残っているのです。当時は写真プリントをそのままポストカードにしたものがよくありました。どうしてそれがチャールズ・ギルハウゼンのものだとわかるのかというと、コピーライトのクレジットが入っています。100年以上前に権利意識がしっかりしていた人がいたのですね。

 

 

少し悲しい話

 

vivanon_sentenceエロ業界的に言うと、私は「イカせの松」との異名をとり、原稿を書く能力よりも、イカせる能力の方がはるかに高いと自認している。自慢ではあるが、自慢するたび、少し悲しくならないではない。

昨年暮れ、「アサヒ芸能」の体験取材で、歌舞伎町の性感ヘルス「ジパング」に行き、まりあちゃんというコと出会った。体験取材というのは、通常通りに接客してもらい、それを原稿にするものだ。黙っているとあとで怒られるので、ほとんどの場合、店は女のコに取材であることを教えている。

プレイの途中で、彼女は「今まで一度もイッたとがない」と言い出した。昨年高校を卒業したばかりの小娘だから、そういうこともあろう。ふだんは演技していても、取材だから言ってもいいと思ったようである。

彼女は「一度、イクというのを体験してみたい。このままでは死んでも死にきれない」と言う。そこまで言われたら、私も真剣である。ワザを駆使したが、この日はいくら奮闘しても、イカせることはできなかった。

「オナニーではイクけど、男の人にイカされたことはない」といったケースと違い、いくら私とて、まったくの未経験者を初対面でイカせることは難しい。とくに性風俗店では時間の制限があり、かつ、あちらは「仕事」という意識が抜けず、取材ということでの緊張もあるため、風俗店でこれに成功したことは数えるほどしかない。

しかし、一回でも過去に肌を合わせていたり、話をしたことがあると、あちらの体は途端にリラックスしやすくなるものだ。

※Charles W. Gilhousen「NUDE

 

 

また少し悲しい話

 

vivanon_sentence仕事を残したため、後日改めて自腹を切って遊びに行き、まりあちゃんは生まれて初めて「イク」という経験をすることができ、「ありがとう」とお礼を言われた。原稿を書いてお礼を言われることは三年に一度くらいしかないが、スケベ行為においてはよくお礼を言われるんである。また少し悲しい。

この時有線で流れていたのがGacktの「12月のLove song」であった。

 

 

「Gacktで初めてイッた女」と私が言ったら、彼女は嫌がっていたが、あの曲を聴くたび、まりあちゃんの股間は濡れるに違いない。

そんなことを考えながら、「ワーイセツな人だから~」とその場で思いついた「12月のLove song」の替え歌を口ずさみながら満足して帰宅した私だった。

Gacktと言えば、チンコがデカいことはすでにテレビなどでも語られているところだ。これは事実である。私が見たわけではなく、見た人物から聞いた。

 

 

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