松沢呉一のビバノン・ライフ

伝染病予防法から感染症法へ—新型肺炎(COVID-19)について触れにくい事情[5]-(松沢呉一)

もしダイヤモンド・プリンセス号から逃げ出していたら—新型肺炎(COVID-19)について触れにくい事情[4]」の続きです。

 

 

 

一世紀以上前でも米国ではおそらく人権の配慮があった

 

vivanon_sentenceメアリー・マローンが刑事罰に処せられなかった理由は、20世紀初頭の米国の法律がどうなっていたのか次第なのですが、「チフスのメアリー」と同じ頃の日本ではすでに感染症法の前身である伝染病予防法がありました。明治30年(1897年)制定です。

この時点での伝染病予防法では、この法に基づく命令に従わない場合は5円以下の罰金です。条文を見る限り、感染者を含みそうです。今なら1万円程度ですから安い。

米国で罰則があったとしてもこんなもんだったかと思います。

メアリー・マローンが、自身の意思で身を隠して感染を拡大したことが刑事罰に問われなかったのは、彼女が説明を受けても、自分が保菌していて、他者に感染させることを理解できなかったため、犯罪としては成立しにくいと判断されたのか、そうなったことに彼女の責任はないのだから刑事罰に問えても問わなかった可能性が高く、この時点で米国では、個人の自由や人権を尊重する意識が一定浸透していたのではなかろうか。

もし彼女が条件を守れていたのなら、職業選択や行動に制限がつきつつも、隔離されることなく、社会生活を営めたのです。彼女は結婚していなかったようですが、彼女同様、体内にチフス菌をもっている相手と結婚ができたかもしれない。

しかし、おそらく当時の日本で同様のケースがあっても、そんなことは許されなかったでしょう。

伝染病予防法では「伝染病予防上必要と認むるときは当該吏員は伝染病患者を伝染病院又は隔離病舎に入せしむべし」となっていて、「必要があっても、人権上、隔離しない」という判断の余地はなさそうです。法律が別ですが、その考え方を徹底したのがハンセン病です。感染力が低かったにもかかわらず、厳格な隔離でした。

この発想が根底から変わったのは感染症法です。1999年のことでした。ついこの間。それまでの伝染病予防法と複数の法律を統合した法律です。

国立ハンセン病資料館のサイトより。以前近くに立ち寄った時は夜だったため、入りませんでしたが、一度行っておきたい。

 

 

人権重視が明記された感染症法

 

vivanon_sentence感染症法は附則がしっかりしています。

 

人類は、これまで、疾病、とりわけ感染症により、多大の苦難を経験してきた。ペスト、痘そう、コレラ等の感染症の流行は、時には文明を存亡の危機に追いやり、感染症を根絶することは、正に人類の悲願と言えるものである。

医学医療の進歩や衛生水準の著しい向上により、多くの感染症が克服されてきたが、新たな感染症の出現や既知の感染症の再興により、また、国際交流の進展等に伴い、感染症は、新たな形で、今なお人類に脅威を与えている。

一方、我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。

このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている。

ここに、このような視点に立って、これまでの感染症の予防に関する施策を抜本的に見直し、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する総合的な施策の推進を図るため、この法律を制定する。

 

 

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