松沢呉一のビバノン・ライフ

お梅本人が語る事件の真相と刑務所に対する告発—浅井政光編『花井お梅懺悔譚』-(松沢呉一)

 

 

事件の真相

 

vivanon_sentence毒婦・花井お梅とベルツの接点—ベルツ花子の見た日本とドイツ[2]」に出てきた花井お梅については、今までに何度か簡潔なものを読んでます。そんなにたいしたことでもないのに、どうしてそうも話題になり続けたのかわからない殺人です。直前まで人気のある芸妓だったからですけどね。

ベルツ花子著『欧洲大戦当時の独逸』は、事件から半世紀近く経っていいるのですが、「皆さん御存知の」といった書き方で、事件については具体的には触れていません。私自身、具体的なことは覚えておらず、この機会に国会図書館にあるものを読んでみました。

裁判でお梅は無期刑となり、上告しますが、棄却されています。16年後の明治36年(1903)に恩赦により釈放されて複数の新聞の取材を受けています。そのひとつは浅井政光編花井お梅懺悔譚』(明治36)にまとめられています。国益新聞という新聞に連載されたものです。

裁判所の判決とも内容が一致しており、ここで語られていることに大きなウソはなさそうです。

背景にあるのは色恋ではなく、家族内の対立です。

花井お梅は元治元年(1863)に千葉佐倉で生まれています。父の専之助は武士でしたが、例に漏れず明治維新で没落し、お梅は8歳の時に東京に養女に出されます。当時は金銭で養女に出すことが行なわれていて、「売られた」と書かれているものもあります。以降はずっと東京なので、彼女は江戸っ子を自称しています。

養父は食堂を経営していたのですが、お梅は家業を嫌い、自ら芸妓になりたいと申し出て、14歳にして日本橋元柳町で小今という名で半玉になります(ここまでの話については『花井お梅懺悔譚』でほとんど語っていないので、他のものを参照しました)。

やがて小秀として一本立ちします。おそらく彼女には前借はなくて、花柳界のトップである新橋に移って歌川屋秀吉(ひできち)になりました。この本では宇田川屋になっていますが、歌川屋が正しそう。歌川屋は置屋かと思ったのですが、彼女は芝居が好きだったので、役者を真似た名前かもしれない(もっと調べればどこかしらに出ているでしょう)。

 

 

お梅と父・妹・峯吉の対立

 

vivanon_sentence人気のあったお梅ですが、そろそろ盛りを過ぎたというので、懇意にしていた人物に金を出してもらって待合をやることになります。24歳の時です。この直前にベルツとお座敷で会っているわけです。

しかし、直接お梅に金を出すと関係を疑われるというので、金を実父の専之助に出して、専之助名義で、浜町に待合「酔月」を出します。明治20年(1887)5月14日のことです。

家を出ていた妹もここにやってきて、この時に自身の箱屋だった峯吉を番頭として使うことになります。「毒婦・花井お梅とベルツの接点—ベルツ花子の見た日本とドイツ[2]」に書いたように、お梅が入れあげていた四代目沢村源之助の付き人だった人物です。

お梅はそれまで住んでいた家を売り払って1,500円の貯金があったのですが(今なら400万円くらいか)、父と妹はお梅の貯金を無断で使い込んでいたことが発覚。

お梅は自分の力で出した店なのに、父はなにかにつけ「自分の名義」だと言って譲らず、妹は最初から店を乗っ取ろうとしてやってきた様子で、連日喧嘩のため、妹は早々と出ていきます。

さらに峯吉もお梅の着物を持ち出していたらしく、その上、あちら側について、お梅の悪口をよそで言い振らしていたことがわかります。この悪口は、お梅が酒を飲み歩いて金を湯水のように使うバカだという内容。

芸者時代の癖が抜けず、そろばん勘定ができないのは事実であり、お梅はもともと酒が好きで、憂さ晴らしのために酒を飲み歩いていたのも事実。

今の時代なら上司の悪口、雇い人の悪口を言うことは珍しくもないですが、この時代には許されることではなく、とくに峯吉は拾ってもらった恩義があります。このことをお梅に伝えた人も、さすがに放置はできなかったのでありましょう。

お梅を追い出す方針は決定していたようで、5月27日、父は勝手に待合に休業の看板を出して、お梅に近寄らせないようにして、やってきたお梅の客を追い返します。これでお梅は半狂乱となって井戸に飛び込もうとしながら果たせず、知り合いのところを飲み歩き、しばらく家に帰らずにいたのですが、6月8日、家に戻るために知人に仲裁を依頼します。その知人が「酔月」に行くと、専之助は不在で、出てきた峯吉はお梅が戻ることを拒否。

それを聞いたお梅は出刃包丁を購入して、峯吉を呼び出して殺害。「酔月」を出してから1ヶ月足らずのことでした。

※『花井お梅懺悔譚』の取材時に撮った写真と同じものですが、どういうものだかWikipediaに出ている写真の方が鮮明なので、そちらから借りました。

 

 

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