松沢呉一のビバノン・ライフ

ドイツの戦時台所とイギリスのナショナル・キッチン—ベルツ花子の見た日本とドイツ[6]-(松沢呉一)

ドイツで役に立った日本の発明品カイロ—ベルツ花子の見た日本とドイツ[5]」の続きです。

 

 

 

ドイツの戦時台所に見る文化の根づき

 

vivanon_sentence日本は第一次世界大戦に参戦したとは言え、青島でのドイツ軍との戦闘を中心に300人から400人戦死しただけだったのに対して、ドイツ軍の戦死者は200万人以上ですから、比較にならない。民間人も40万人以上亡くなってます。当時のドイツの人口は6500万人ですから、人口比で言えば、太平洋戦争で亡くなった日本人の数と大差がない。

他にも太平洋戦争時の日本と重なる部分は多くあって、ベルツ花子著『欧洲大戦当時の独逸』は、戦時の心構えを日本人に教える本としては意味があったかもしれません。

一方で日本では戦中見られない活動も出てきます。たとえば「戦時台所」というのが出ています。

行政のサポートのもと、慈善団体が中心になって博物館が戦時台所になりました。どこでも博物館だったわけではなくて、戦時にはあまり用のない大きな建物が利用されたのでしょう。芸術家や俳優、戦時に必要とされない商店の人たちはメシが食えないので、安い値段で食事を提供するのです。

芸術や演劇に対する理解もここに見てとれます。音楽家は出てませんでしたが、おそらく音楽家は戦争でも必要とされるので、軍楽隊に組み込まれたりしたのではなかろうか。

演劇は戦中でも開かれていたのですが、ドイツの舞台俳優たちは、同じ役をやり続けることが多いんだそうです。どこかの町で半年やって、評判がよければ同じ役を次の町に呼ばれてまた半年やる。定番になった題目は得意でも、他の役はすぐにはできず、戦時となるとできない演目もあるので、食いっぱぐれるということらしい。

文化が根づいていることを感じます。これは日本も手本にしてよかったと思うのですが、今にいたるまで、なにかあると、すぐに潰されるのが日本の文化。

芸術家も俳優も徴兵されたでしょうから、戦争の初期段階だけではないかと思うのですが、検索してもこの件については見つけられず。代わりにイギリスでも第一次世界大戦時にNational kitchensというものが運営されていたことを見つけました芸術家や俳優を対象にしたとは書かれていないですが。仕組みは限りなく近い。無料ではなく、安価に食事を提供する。イギリスも食糧を輸入に頼っていたための措置とあります。しかし、イギリスでもこのことは忘れられていると書かれているものがあって、第二次世界大戦時には実施されなかったようです。

ドイツもナチスの時代には芸術はユダヤに支配されているとしていたのですから、おそらく「戦時台所」は実施されなかったでしょう。

The first national kitchen at 104 Westminster Bridge Road, opened by Queen Mary on 21 May 1917 ドイツのものが見つからないので、イギリス最初のナショナル・キッチン

 

 

空襲と食糧不足

 

vivanon_sentence欧州戦争時のドイツと太平洋戦争時の日本と共通しているのは空襲です。太平洋戦争時に比較すると飛行機はチャチで、落とせる爆弾の破壊力と量は知れてましたが、シュトゥットガルトは大きな被害を受けています。

シュトゥットガルトはドイツ南西部にあり、葡萄を筆頭とした果物畑が広がる長閑な場所なのですが、工業も盛んです。フランス国境に近く、フランス領がドイツに食い込んでいる部分の先にあるため、戦時の要所であり、山の上が防衛のための要塞になっていました。

フランス軍の飛行機が連日のようにやってきて、それを迎え撃つ砲台との闘いが繰り広げられて、もはや戦場であります。爆撃が始まると、地下壕に逃げるのも米軍による日本の空襲を思わせます。

共通点の第二は物資の不足です。第二次世界大戦時と同様、欧州大戦時も物資の不足が深刻で、金属は徴発。徴発は供出のことです。武器や兵隊の装備のために国民から半強制的に物資を徴集する。時期によって、金銀銅アルミ毛皮などを徴発。日本ではただ出すだけだったと思いますが、ドイツでは政府がこれを安いながらも買い上げて、その金で例えば木製の代用品を買う。

食糧も切符による配給制となります。バターは少量しか手に入らないので、ヤシの実で作った代用バターも出回ります。評判は悪かったようですが。

 

 

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