松沢呉一のビバノン・ライフ

スパルタクス団に対する反感をこれでもかと—ベルツ花子の見た日本とドイツ[7]-(松沢呉一)

ドイツの戦時台所とイギリスのナショナル・キッチン—ベルツ花子の見た日本とドイツ[6]」の続きです。

 

 

戦争がもたらす労働者不足と住宅不足

 

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花子が日本に戻ったのはナチス台頭以前ですから、ベルツ花子著『欧洲大戦当時の独逸』にナチスは一切出てこないのですが、前回見たフランスへの反感以外にも、「ああ、ここがこうしてナチスにつながっていくのか」と思った点があります。そこに至るまでの説明が長いですが、前提を説明しないと理解しにくい。

欧州大戦で、男は兵隊にとられて、労働力不足が起きます。教員が兵隊にとられて、教員免状を持ちながら教員にならなかった娘たちが代用教員をやることで、女の教員が増加していきます。これが欧州大戦時にどこの国でも起きた女の社会進出です。それまでと違う規模の大きな戦争は多数の男を兵隊として必要としたことの結果です。

戦中に外に出ることに慣れた女たちは戦後もその癖が抜けずに外出をしたがり、それで離婚になったケースも多いのだそうです。

戦地に行く前に、つきあっていた相手と駆け込みで結婚し、夫が戦死した妻の中には妊娠して出産したのもいて、子どもを育てるために働く。これもまた戦後の女の社会進出を促進しました。

しかし、女には向かない仕事もあります。肉体労働です。ドイツは物資が足りない中で、豊富にあったのは岩塩と石炭でした。石炭は輸出するほど産出されていました。しかし、岩塩と石炭を掘る労働力、それを輸送する労働力が足りないため、塩と石炭までが戦中は不足して、石炭不足がスペイン風邪の犠牲者を増やしました。

スペイン風邪の世界的大流行はいまなお十分には解析されていないようですが、ここでもやはり戦争が大きく関わっていて、兵隊の移動がウイルスの移動をもたらしました。とくに冬の戦地においてウイルスが死亡者を増大させ、ドイツ軍の戦死者の約3分の1は戦闘ではなく、スペイン風邪が死の要因になったとされています。

民間人においても燃料と食糧の不足が病状の悪化をもたらし、平時であれば死ななくて済んだ人々を死に至らしめました。

ナチス時代は労働力をポーランド等から連れて来て、ユダヤ人から没収した家屋に住ませたのですが、欧州大戦でも東部占領地域と国内で人を回し、労働力は必要な地域に移動をします。

これによって家の不足が起きて、政府はそのための宿泊施設を建てますが、それでも不足して、一人で複数の家を占有することを禁止します。所有することはいいのですが、一軒を残して、あとは人に貸さなければならない。また、大きな邸宅に一人で住んでいる人は高い税金がかかるようになったため、雇い人を住まわせるか、間貸しをしなければならない。

※カール・リープクネヒトをあしらったスパルタクス団のポスター

 

 

花子が描くスパルタクス団は盗賊団

 

vivanon_sentenceこの話の流れで、スパルタクス団(Spartakusbund)が登場し、ここからスパルタクス団のことが10ページ以上にわたって書かれています(「シパルタクス」となっているところもありますが、誤植でしょう)。

スパルタクス団はカール・リープクネヒト(Karl Liebknecht)とローザ・ルクセンブルク(Rosa Luxemburg)が率いた共産主義革命を目指す団体で、欧州戦争の間に結成されていています。

その記述のすべてがスパルタクス団の悪辣ぶりをこれでもかと書いたものになっています。フランス人同様、ひとつとして褒めてない。

スパルタクス団が間借りをして、「内乱」を起して乗っ取るというので、「誰も疫病神の様に怖れて居る者共」「誠に始末におへぬ人達で、此様(こん)な者達に這入り込まれたら散々で義理も人情も知ったものでない」とあります。映画「パラサイト」です。観てないですが。

 

 

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