松沢呉一のビバノン・ライフ

ナチスの台頭を促進したスペイン風邪—ナチスの時代とコロナの時代[6]-(松沢呉一)

ハンガリーに見る全体主義・民族主義の高まりとウイルス利用—ナチスの時代とコロナの時代[5]」の続きです。

 

 

 

おさらい

 

vivanon_sentence昨年前半にやっていたナチス・シリーズの大きなテーマのひとつは「なぜ多くのドイツ国民がナチスを支持してしまったのか」です。

ナチスの台頭を許した、あるいは歓迎したドイツ国民の背景には、第一次世界大戦の敗戦によるフランスへの賠償金の支払いに加えて、世界恐慌による失業者、そしてインフレによって生活が逼迫していたことがあります。

今でこそ、ドイツ国民がナチスを選択したことは間違いであったことは誰の目にも明らかになっていますから、「ドイツ人はなんてバカだったのか」と軽蔑したり、憤ったすることは容易であり、それこそバカでもできますが、あの当時のドイツ国民はホロコーストまでは予想しておらず、求めてもいませんでした。

もちろん、ヒトラーの『我が闘争』を読めばある程度はわかったのですが、ほとんどの人は家にある『我が闘争』を読んでませんでした

不安と不満のどん底にいた国民が求めていたのは、失業を解消して、安定した生活を与えてくれる強い政府であり、連立政権でまとまらないヴァイマル政権ではなく、国家・国民が一丸となれる強い指導者でした。人間は弱くなると、強いものにすがりたくなるのです。

こうして帝政が終わって失われた父親像をヒトラーに求めて、自信を取り戻しました。

どうやら障害者やユダヤ人を虐殺しているらしいと薄々気づき出した時には時すでに遅し。しかし、見なければ済むことですから、大多数の国民は見ないこと、気づかないことにしました。その結果、ドイツ国内で殺されたユダヤ人よりはるかに多くのドイツ人が第二次世界大戦で亡くなっています(東部地域でのユダヤ人殺害を入れるとおそらく同じくらいの死者数)。

※2020年5月8日付「BBC NEWS」ナチスに勝利したVE Day(Victory in Europe Day)の式典がCOVID-19の影響下、各国で静かに行なわれたことを伝える記事。あれ? ベラルーシは? ロシアが出ているのに、ベラルーシがない。あれを入れると記事が台無しってこともあるかもしれないですが、ドイツ、イギリス、フランス、ロシアと肩を並べるような国ではないってことでしょう。なお、ここに書かれていたのではないですが、強制収容所から生還した人がCOVID-19で亡くなったケースが出ています。当時子どもだったとしても現在80代後半ですから。

 

 

ナチスの仕掛け

 

vivanon_sentenceヒトラーが巧妙だったのは、失われたドイツ人の自尊心を取り戻すためのわかりやすい仕掛けを作り出したことです。

優秀であるはずのゲルマン民族がなぜ辛苦をなめなければならなかったのか。戦争に負けたことも、賠償金の支払いで汲々としていたことも、世界恐慌によるインフレや失業も、ソビエトの脅威も、誰かのせいにしたかった国民の要望に見事応えました。すべてユダヤ人のせいなのだと。

東部から追われてきた人たちを筆頭に貧困層もいたとは言え、平均的にはユダヤ人は豊かであり(数字が出ています)、金融や流通、マスコミを牛耳っていたのは事実です。だから嫌われていたのであり、だから左翼もユダヤ資本を打倒の対象としていました。

一般的に言われる差別は強者から弱者に向けたものですが、この時代のドイツにおけるユダヤ人は、「国を持たない。代々の土地を持たない。迫害の歴史を持つ」という点で弱者であり、人数的にも少数ですが、経済面や社会的地位では弱者ではなく、とくにヴァイマル時代には政治的影響力もありましたし、文化人、知識人にはユダヤ人が多くて、社会的影響力もありました。

そうだったがために憎まれたのだし、ドイツ人の被害者意識も刺激されました。

大恐慌がナチスを生んだという話はよく出るわけですが、ここに挙げたニューヨーク・ポストの記事は、スペイン風邪の流行がユダヤ排除を強化し、ナチスの台頭を促進したという研究を紹介したものです。

 

 

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