松沢呉一のビバノン・ライフ

禁酒運動は女の飲酒をとくに忌み嫌う—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ[禁酒編 5]-(松沢呉一)

禁酒法の背景にあった排外主義とKKK—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ[禁酒編 4]」の続きです。

 

 

排外主義実現のための婦人参政権

 

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禁酒法制定を目指したプロテスタント各派は、反黒人、反ユダヤ、反イタリア系移民、反ドイツ系移民という排外主義に基づいていて、その禁酒法制定のために婦人キリスト教禁酒協会(WCTU)は婦人参政権を求めました。女で酒を飲むのは少ない。だから禁酒法に賛成するという目論みです。

プロテスタントが反カトリックであることはわかりやすいとして、また、異教徒であるユダヤ排除を求めたこともわかりやすいとして、ここでナチスとも重なります。ナチスもユダヤ人が酒の販売を担っているとして、それを潰そうとしました。酒自体を禁止はしませんでしたが、ドイツ人はユダヤ人の店で買ってはいけないということになります。

探せば米国の禁酒運動の中にも、ユダヤ人が流通や小売りで酒と関わっていることを指摘しているものがあるはずです。米国においてはそのドイツ人もビールの製造に関わっているとして禁酒法制定の理由になったわけですが。

ナチスの場合はユダヤ人の市民権を奪い、ゲットーに押し込め、やがては強制収容所に送り込み、ホロコーストに至ったのに対して、米国では禁酒法によってそれを実現しようとして失敗しました。その程度で失敗してよかったと言えるのと同時に、もし彼らがもっと力を持っていたら、リンチがさらに拡大して、大量虐殺にまで至ったであろうと思えます。大げさだと思うかもしれないですが、リンチが白昼堂々と行なわれ、見世物にさえなって数百数千の人々が見物に集まった現実を知れば、彼らの恐ろしさがわかろうかと思います。

Four women lined up along a wall, chugging bottles of alcohol. Circa 1925. 着色しました。格好はあまりフラッパーぽくないですが、それでも、膝あたりまでのスカートですから、それまでの女たちの服装に比べると大胆。この写真に添えられた記事「33 Photos Of Flappers That Show The Jazz Age It Girls In Action」は米国の話で、禁酒法時代です。密造酒であります。よく見ると空瓶ですからポーズです。あえてこういう写真を撮ることがカッコ良かった時代です。この写真の意味は次回。

 

 

禁酒派にとっての「女の飲酒」

 

vivanon_sentence禁酒法制定にそういう勢力が動いていたことを見据えると同時に、もうひとつ見ておくべきことは、禁酒勢力はとくに女の飲酒を問題にしていたことです。これは古くからの道徳です。

婦人キリスト教禁酒協会の宣教師であるメアリー・グリーンリーフ・クレメント・レビットが来日時にやった演説をまとめた『禁酒演説集』から抜き出してみます。

 

古へ羅馬(ローマ)に於ては酒飲みの母は酒飲みの子を産むべしとて其妻の飲酒する時は夫は之れを殺害するも刑法に問はるることなかりし事もありといへり。

 

女が酒を飲むと、子どもに伝わるのだと。

この本において女の飲酒を諌める調子は強くはないのですが、もともと多くの社会において女の飲酒は忌み嫌われてましたから、禁酒を求める時は当然そこが強化されます。「酒は飲んではいけない。しかし、女の飲酒には寛大に」となるはずがないのです。

結局道徳の強化はとくに女の行動を抑え込むことになるのであって、それを目的にした婦人参政権獲得運動は、男女平等の文脈とは無関係であることを確認します。

 

 

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