松沢呉一のビバノン・ライフ

ファシズム団体としての矯風会—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ[大政翼賛編 1]-(松沢呉一)

 

 

序章「今こそ歴史を語りたい

廃娼編「日本民族の恥だから売春する女を許せなかった久布白落実—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ」〜

禁酒編「矯風会の始まりは婦人禁酒会—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ」〜

婦人参政権編「矯風会が婦人参政権を求めたのは男女平等が目的ではなかった

以下は「婦人参政権編」の続きとして書く予定だったパートですけど、矯風会にとっては大政翼賛活動の方が長く、かつ重要なので、あっちに入れるより独立させた方がいいかと思い直しました。こっちが矯風会の本筋です。「大政翼賛編」で本シリーズは終了です。

 

 

鈴木裕子著『フェミニズムと戦争』を再度推薦する

 

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矯風会が婦人参政権獲得に尽力した部分だけを切り取ってフェミニズムであるという考え方をすることのが間違いをここまで説明してきました。道徳実現のための手法でしかなかったからですし、全体主義志向の発露でしかなかったからです。

矯風会の全体主義志向については戦時体制下でこの団体が何をしたのかを見ればなおのことはっきりします。

フェミニズムと戦争―婦人運動家の戦争協力戦争に見出す理想-今こそ個人主義の確立を 3」に書いたように、鈴木裕子著『フェミニズムと戦争』は私にとって非常に意義深い本です。この本はぜひ読んで欲しい。

もともと個人主義としてのフェミニズムに私は共感があったわけですが、婦人運動家たちが自ら戦争に加担して、女を戦争に巻き込む旗振りをやっていく過程が仔細に描かれたこの本を読んで「なぜこんなことになったのか」がずっと私の頭の中で渦巻いてました。

私が共感できるフェミニズムともっとも遠いところに行ってしまった人々。しかも、平塚らいてうとともに新婦人協会を設立し、婦人参政権運動を担った市川房枝、奥むめおらが大政翼賛に走ります。

鈴木裕子氏は戦前戦中の婦人運動家たちの言動をつぶさに見た上で「女性ファシスト」という言い方をしています。前に説明したように「女性」はいくらかの敬意が入る言葉ですから、敬意を表す意図がないのなら、「女ファシスト」が適切でしょう。

ファシスト、ファシズムという言葉は現在ただの罵倒語として使われることが多く、また、「マスク・ファシズム」のように、押し付けがましいものに対して否定的に使用されますが、鈴木氏の「ファシスト」はもう少し狭い意味の「ファシスト」です。具体的にはオリジナルのムッソリーニのそれに近い意味です。

社会主義と国家主義の合体。これをパクったのがヒトラーです。ドイツ語のnationalsozialistischeであり、ナチスはこの略称。正式名称であるNationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei(NSDAP)を使わない敵対者による蔑称がナチス。

第二次世界大戦時の日本はファシズムではないとした方がいいだろうと思いますが、似たようなもんです。全体主義であり、国家主義です。私も以下鈴木氏に倣ってファシスト、ファシズムという言葉を使います。

 

 

新婦人協会の劣種禁婚法請願と優生思想

 

vivanon_sentence与謝野晶子が批判したように、新婦人協会自体、おかしな方向に動き出していました。与謝野晶子が批判したのは、新婦人協会が帝国議会に対して「花柳病男子の結婚に関する請願書」を出したことです。これは与謝野晶子の批判が正しい。

この請願書は「劣種禁婚法」のうちの性病についての項目を日本で実現しようとしたものです。優生思想なのです。

「劣種禁婚法」はこの時点ですでに実現している国や州があって、アルコール中毒、癩病患者ほかの感染症や遺伝病の患者、犯罪者、貧困者などの結婚を禁じ、それによって劣等な遺伝子を子孫に残さず、社会全体を向上させるという考えに基づいています。社会衛生運動(後述)によるものであり、道徳運動とも関わりますし、ナチスも実践しました。日本では戦後の優生保護法で実現されました。

 

 

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