松沢呉一のビバノン・ライフ

与謝野晶子が描くスペイン風邪の恐怖—ウイルスとウイルス恐怖症に覆われる世界[7]-(松沢呉一)

納豆とヨーグルトと『マゾヒストたち』の買い占めは許容範囲—ウイルスとウイルス恐怖症に覆われる世界[7]」の続きです。

 

 

 

与謝野晶子が体験したスペイン風邪の恐怖

 

vivanon_sentence与謝野晶子著『女人創造』(大正9年)を読んでいたら、スペイン風邪のことが出てきました。1920年1月23日付「死の恐怖」と題された文章です。

書き出しは以下。

 

 

悪性の感冒が近頃のやうに劇しく流行して、健康であった人が発病後五日や七日で亡くなるのを見ると、平生唯だ「如何に生くべきか」と云ふ意識を先にして日を送って居る私達も、仏教信者のように無常を感じて、俄に死の恐怖を意識しないで居られません。

 

 

全文この調子で、死を現前にして生きる意味を考え、その恐怖といかに闘い、いかに受け入れるのかを綴ったものです。

この頃、「東京と横浜とだけでも日毎に四百人の死者を出して居ます」とあって、スペイン風邪の猛威を知ることができます。その人数だけじゃなく、若い世代や子どもも死ぬことから、母である与謝野晶子としては、COVID-19の比ではなく恐かったでしょう。

与謝野晶子が書いていることからすると、日本はさほど大きな影響はなかったとは言え、第一次世界大戦があり、物価の高騰によって栄養の欠乏が起きていて、これが被害を大きくしたようでもあります。

与謝野晶子はできることは全部やって、それでも感染したら、天命を待つという悲壮な決断をして、生きることや死ぬことについて語っているのですけど、今見るとちょっとマヌケでもあります。

 

 

世間には予防注射をしないと云う人達を多数見受けますが、私はその人達の生命の粗略な待遇に戦慄します。自己の生命を軽んじるほど野蛮な生活はありません。

私は家族と共に幾回も予防注射を実行し、其外に含嗽薬を用ひ、また子供達の或者には学校を休ませる等、私達の境遇で出来るだけの方法を試みて居ます。

 

 

その予防注射は効かないですから、何度やっても無駄。星製薬の研究員たちは世界で初めてインフルエンザウイルスの分離に成功していたのに、その成果を無視して、効かないインフルエンザ菌のワクチンを販売していた可能性が高いのです。

複数回やっていたのは、ワクチンを打っていても感染する人が続出して「一度のワクチン接種では抗体ができないことがあり、複数回やった方がいい」とでも言われていたのではなかろうか。

命を粗末にしていたのではなく、効果に懐疑的な人たちも多数いて、医師も「効きそうにはないけれど、金になるから」あるいは「なんであれ、安心感を与えるのも医師の仕事」として打っていたのが実情のようです。

冷静な判断をしていた人たちもいたのに、複数回やっている与謝野晶子から見ると、命を粗末にしているということになってしまいます。

 

 

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