松沢呉一のビバノン・ライフ

『ユダヤ人を救った動物園』で遂に見つけたナチス時代の割礼の記述—包茎復元計画[12]-(松沢呉一)

数字で見る「女による男に対するセクハラ」—包茎復元計画[11]」の続きです。

 

 

 

『ユダヤ人を救った動物園』の情報量の多さ

 

vivanon_sentenceダイアン・アッカーマン著『ユダヤ人を救った動物園—ヤンとアントニーナの物語』は「ナチスの失敗・禁酒法の失敗—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ[禁酒編 2]」で軽く取り上げ、「ヤヌシュ・コルチャックがゲットーで書き残した言葉—ウイルスとウイルス恐怖症に覆われる世界[8]」もこの本が元です。

断片的に取り上げるのでなく、まとめて紹介したいのですが、難しいのです。文章や内容が難しいのでなく、中学生でも読めます。ワルシャワ動物園を運営する夫婦から見えた事実だけでなく、丁寧にポーランドのこと、ナチスのこと、それに対する抵抗運動のことなどが説明されているので、前提になる知識がなくても淀みなく読めます。

読み進むうちに、「あれ?」と思ったこともあります。著者のダイアン・アッカーマンはあえてシンプルな世界観にしていると推測できて、そのことよって、スムーズに読み進めることができます。

省略しているのは世界観だけでなく、ナチスの暴虐と隣接した物語でありながら、残虐な描写も具体的にはほとんど出てきません。銃声で示される程度です。

そのため、夏の昼下がり、庭のハンモックに寝そべって(んなもん、ねえよ)、一気に読み上げて、「感動した」という方向で感想を書くのはできますけど、感動したくて読んだわけではない私としては、そこでは留まれない。繰り返し感動しましたけどね。

つうか、この本は2009年に邦訳が出ていて、10年以上経ってますから、感動物語の紹介としては十分にもう出ていて、映画化もされているわけですから、この上、その路線の評を書くこともないでしょう。

この本はストーリーをなぞるだけでも十分に楽しめ、自然とナチス支配下のポーランドの様子を知ることになりながら、すさまじく情報量が多くて、気にし出すと、ついネットで検索してしまったり、「これについて詳しい本は出てないかな」と探したりして、それらを消化するのが容易ではない。

著者が調べたことの一部のみがこの本に反映されているので、そこを辿り出すときりがなくて、「ここはもうちょっと調べてから書きたい」ということになってしまって、読み終わっても、なかなかまとめることができず放置してしまってます。今回書く内容を読んでいただいても、この本の情報量の多さと、簡単にこの本の内容をまとめることの難しさがわかろうと思います。

 

 

コンラート・ゼゴータ委員会

 

vivanon_sentenceこの本で私が着目し、「ここはもっと知りたい」と思った点はいくつもあるのですが、たとえば救援組織がユダヤ人たちをどうやって救ったのかの具体的記述には目を見張るものがあります。

ポーランドのユダヤ人救援組織としてコンラート・ゼゴータ委員会(Konrad Żegota Committee)が出てきます(日本語では「ジェゴタ」になっているものが多く、YouTubeでドキュメンタリーを観たら、ポーランドでもそう発音しているように聞こえますが、本書に合わせます)。園長であるヤンはどちらかといえばレジスタンス活動を主としていて、妻のアントニーナは救援活動を担当し、具体的には「ゲスト」と呼ばれるユダヤ人たちの世話をしていて、アントニーナの活動がゼゴータにつながってました。

獣舎や自宅にゲストを隠し、彼らは300人のユダヤ人を救出しています。

ゼゴータはポーランド亡命政府(当初はパリ、のちにロンドン)の傘下にあり、レジスタンスの多くも同様なので、どちらも広くは同じ組織ですが、一網打尽にならないように、組織は細切れになっていて、アントニーナは夫のヤンが何をしているのかよくわかっていませんでした。

ゼゴータのメンバーはユダヤ人・非ユダヤ人合わせて7万人から8万人いました。誰も全貌がわからないため、この数字には大きな開きがあって、この数分の1としてあるものも、20万人としてあるものもあります。

この活動に関わった人々はバレれば確実に処刑され、事実、700名がナチスに殺されています。

彼らは隠れ家や食べ物をそれぞれに提供し、危険を察知するとまた別の場所に移動させます。初期は国外に逃げたのもいるでしょうが、国外脱出も容易ではなくなって、また、受け入れる国もなくなって、彼らユダヤ人たちは潜伏生活を続け、数万人のユダヤ人がナチスの迫害を逃れました。

この数字もさまざまあります。ゼゴータ以外にも救援グループがあり、それらの組織とは無関係に救った人たちもいますし、ゼゴータのことを知らないまま助けを受けた人たちもいます。

生き延びた人たちは「自分だけが助かってしまった」という負い目から、戦後も黙っている人たちが多いこともあって、確定的な数字を出すのは難しい。数万人が助かった一方で、ポーランドだけで100万人以上のユダヤ人が虐殺されていますから、彼らは特別なのです。

ポーランドユダヤ人歴史博物館より「どのように隠れたのか」を説明するイラスト

 

 

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