松沢呉一のビバノン・ライフ

貝印の脇毛キャンペーンは画期的、でも共感しきれない—毛から世界を見る[62]-(松沢呉一)

なぜアジアでは陰毛の手入れが遅れたのか—毛から世界を見る 61」の続きです。

 

 

 

貝印の脇毛キャンペーン

 

vivanon_sentence貝印の脇毛キャンペーンが話題です。

 

meme.konichiwaのinstagramより

 

剃る道具を売っている貝印がこれをやるのは画期的。「ムダかどうかは、自分で決める」というメッセージにも賛成。「売る売らないはワタシが決める」と同じ自己決定のメッセージであり、ムダなものは消そうとする昨今の動きに抵抗するものと思えなくもない。

でも、貝印はカミソリだけでなく、包丁など調理器具を販売しているので、自社サイトではこのことに触れてません。男であれ、女であれ、脇毛は衛生的ではないですから。イメージだけでなく、脇毛や陰毛は雑菌だらけです。脇毛を伸ばした職人がノースリーブで握った寿司はあんまり食いたくないでしょう。ノースリーブの寿司職人というだけで食いたくないか。脇で握った寿司はいよいよ食いたくない。

貝印が自社サイトに脇毛を出したくないのはしゃあないとして、このキャンペーンはよくよく検討すると、誉め称えにくくなってきます。

 

 

痣を加えて毛の意味がボケた

 

vivanon_sentence上のポスターを寝ぼけ眼で昨日の朝見て、口の横にも毛が生えているのだと思いました。細胞が壊れているのかなんなのか、妙なところに集中的に毛が生えることがあります。ああいうのかと思いました。

でも、あれは痣らしい。これはいらなかったんじゃないかな。もともとそういう人なら「そこにあるもの」ですけど、CGキャラなので「わざわざ付け加えた」ものです。

一部、まったく生えない人もいますが、脇毛は大半の人が生えます。男の大半は手を加えておらず、女の大半は剃っています。

男でも少数ながら剃っている人はいます。ボディビルダーはたいてい剃ってます。ボディビルダーじゃなくても剃っている人はいて、私も剃ったことはあります。暇潰しです。

理由はともあれ、現実に剃っている率を比較すれば、脇毛を剃るという行為、あるいは剃らないという行為は男女の不均衡に乗っています。だから、脇毛はしばしばフェミニズム文脈で語られます。個人の問題なので、そんな文脈は無視してもいいのだけれど。

それに対して顔の痣は、大半の人はない。「痣のある人/ない人」という不均衡の問題であり、男女差よりもそちらの方が大きいでしょう。

痣は病院でレーザー治療によって消せるものもあるし、簡単には消せないものもあります。消せるものについては個人がどうするか決定すればいい。医療における自己決定です。

しかし、簡単には消せないもの、どうやっても消せないものになると、自己決定とはまた別の要因が加わって、確実にかつ簡単に剃ることができる脇毛と併置できるものではありません。

そもそもパッと見で痣だとわかりにくい上に、位相の違うものをわざわざ持ち込んだことによって、脇毛の意味合いがボケました。

それでもまだここまではいい。許容できる範囲。

貝印グループのサイト

 

 

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