松沢呉一のビバノン・ライフ

セクハラ防止とセクハラを利用した報復を防止するために日本でできること—懲戒の基準[46]-(松沢呉一)

職場の恋愛契約はどう機能するか—懲戒の基準[45]」の続きです。

 

 

 

企業の恋愛対策の背景

 

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今まで「懲戒の基準」シリーズでさんざん説明してきたように、ここまで恋愛についての規定を細かく決め込む企業が米国で増えているのは、社内規定に基づかない懲戒処分は、裁判で無効とされるためです。規定ありき。

そこは日本でも同じです。どこの国でも同じか。

恋愛についての規定がない会社では処分の範囲に限界があります。いくら非道に思えても、恋愛の果てのトラブルに対して会社は規定にない処分はできません。当たり前。

日本のほとんどの職場では、「社内恋愛・社内セックスが懲戒になる条件—懲戒の基準[9]」に書いたように、職場に大きな悪影響を与えるようなことがあれば、「職場の秩序を乱した」「職場に不利益を与えた」といった規定に抵触して懲戒にできるってだけ。

これまではこれでよかったわけですが、セクハラという考え方が出てきたことによって、会社の責任範囲が拡大してきました。また、合意のもとでなされた行為の中で生じた私的トラブルについても会社の責任を求める人たちも出て来ます。

こんなもんは2人の間で解決するしかない問題であり、弁護士に相談したところ、「セクハラにはならない」と言われても納得できず、記者会見をやったりして、「セクハラだ」と騒いで会社に不利益を与え、自分も解雇されることを覚悟で相手も解雇に持ち込む。自爆テロ方式。

こういったトラブルに企業が巻き込まれないため、ここまで見てきたように、米国ではセクハラが起きやすい役員については恋愛やセックスを禁止する。また、懲戒に対する不服が出ないようにし、かつ報復的セクハラ主張を無効化するために職場恋愛契約が進行しています。

もちろん、絶対的な効力があるわけではなくて、さまざまなケースが想定されて議論になっています。たとえば、契約自体が強制的だったとあとになって言い張るのが出てくることが指摘されています。

合意の上でセックスした場合でも、あとになって「上司の誘いだったので、仕事がしにくくなるかもしれないと思って断れなかった」「相手が男なので怖かった」と言い出す人たちがいて、法的には無効でも、世間一般にはこれでも通用してしまいますから、そのような判断力のない世論を味方にする可能性はどこまでもあって、「この契約も万全ではない」との指摘がなされています。

※マイナビウーマン掲載・とくひら ようこ「【社内恋愛あるある5】こんなのドラマだけ!? 実際には迷惑な社内恋愛」 社内恋愛推奨の記事が溢れる中、大変いい内容です。ただ、シンプルすぎてもったいない。もっと詳細に、かつトラブった時はいよいよ面倒であり、周りの迷惑も百倍ってことをシリーズ化して欲しい。その尻拭いは自分でやるしかなく、自分でできない場合は社外の友人や外部の相談機関、弁護士等を頼るべきですが、そういう人に限って私的トラブルを平然と社内に持ち込む身勝手さもしっかり取り上げて欲しい。

 

 

日本では難しそう

 

vivanon_sentenceそれでも米国の半数以上の企業が社内恋愛に関する規定を設けているのは、限界はあれども効果があるからだし、何もしないのでは企業防衛ができないため、法律家のほとんどが肯定的です。

日本の現状を見ていても、とっととこういった対策をとればいいのにと思うのですが、恋愛やセックスを契約として考えることに対する抵抗が米国以上に強いでしょうから、「夢のない会社」「恋愛も管理される会社」ととらえられて、退社する社員が続出して、就職を希望する学生が激減ですよ。

「社内恋愛契約制度」を導入しても、実施する社員はほとんどおらず、無効化することも目に見えています。誰も申告しない状況では、合意していなかった決定的な証拠にはならないでしょう。

また、日本の場合、企業が社員の私的領域に踏み込むことに対する慎重さが薄いので、こういったルールを導入すると、総務課が社員を呼んで、「あの男は札付きだから別れなさい」と口出しするようなことも起きてきそうです。

一般にもすぐに企業の責任を問う傾向が強いことがこの問題を厄介にしています。社員の私的領域での発言や行動でも、「解雇しろ」と言い出すのが湧いてきて、雇っている企業に電話をしてチクるような連中が多いわけです。

「それは違うぞ」と「懲戒の基準」シリーズで説明してきたわけですが、おそらくそこまで理解しようとする人たちは圧倒的に少ない。「先生に言いつける」という感覚が強く、先生が何もしないと今度は先生を叩く。

※2016年9月13日付「HUFF POST」 いくら「職場での恋愛やセックスはやめろ」と言っても無理な人たちがいて、場合によってはやってはいけないことだから燃える人たちもいます。だから、職場での不倫ほど楽しいものはないわけです。その点、「やめろ」ではなく、この記事のように、「何を注意すべきか」を伝授した方が有効かもしれない。これを読むと、面倒くさくてイヤになるべ。「職場恋愛契約」もそういう効果がありそう。

 

 

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