松沢呉一のビバノン・ライフ

労働区と快楽区からなる女子収容所—カ・ツェトニック135633著『痛ましきダニエラ(人形の家)』[4]-(松沢呉一)

ワルシャワ・ゲットーの記述はリアル—カ・ツェトニック135633著『痛ましきダニエラ(人形の家)』[3]」の続きです。

 

 

 

ポーランド人の評価が『ユダヤ人を救った動物園』と真逆

 

vivanon_sentenceゲットーにいる民兵はユダヤ人の自治組織ですが、ユダヤ人の中の親ナチス派が中心であり、生きるための選択にすぎなかったとしても、決して一般のユダヤ人の味方ではありません。ここはナチスお得意の管理法であり、収容所におけるカポの役割と同じです。

ダイアン・アッカーマン著『ユダヤ人を救った動物園』を読んで間もないためにとくにそこが顕著な違いとして受け取れたのですが、『ユダヤ人を救った動物園』では、「ユダヤ人とポーランド人はみんないい人。ドイツ人はみんな悪い人」というわかりやすい構図を、おそらく意図的に見せていたのに対して、『痛ましきダニエラ』では「ユダヤ人にも悪い人はいる」「ポーランド人はたいてい悪い人」として描かれています。

修学旅行先から逃亡したダニエラは農家に逃げ込むのですが、その家の主は「ユダヤ娘か? 出て行け!」とダニエラを追い出そうとします。ダニエラはその家の同年代の娘の手にキスをして哀願するのですが、その娘も冷ややかに笑うだけでした。

ゲットーから強制収容所に送られる時も、ポーランド人は蔑んだ視線を走らせるか、まったく無関心かどちらか。

どちらの本の記述も正しい。救援活動をやっている人たちが万単位でいたと言っても、ポーランド人の極一部です。彼らはユダヤ人にとっては間違いなく「いい人」。ポーランド人の大多数は無関心でいてくれることで救援活動がやりやすかった旨をダイアン・アッカーマンは書いていましたが、この無関心層は、家にユダヤ人が来たら追い返します。関わりたくないんですから。

これが親ナチスのポーランド人であれば逃げてきたユダヤ人を捕まえて報奨金を得るところですから、追い返しただけまし。

この辺の記述も私にはリアルでした。

Jewish Police guarding the Gate ユダヤ警察と民兵が同じ組織なのか違うのか不明ですが、存在の意味は同じ。自治組織でありつつ、ナチスの下部組織として動く。中国の民族自治とも近いでしょう。民族のためでなく、中国共産党のための組織です。

 

 

フェラの存在がキー

 

vivanon_sentence訳者の解説に「ユダヤ人収容所の天井下のタイルのストーヴの上に隠した数冊の日記と、労働キャンプの窓敷居の下の、冷蔵庫と壁の間に挟んでおいた最後の日記、それに“快楽区”で親友フェラから貰ったノートに記した手記、彼女はこれらを自分の生命よりも大事にし、両親に手渡したいと乞い願ったのである」とありましたが、本文を読むと、これは間違いです。冷蔵庫の間に挟んだのは労働キャンプ(強制収容所)ではなく、ゲットーです。

本文では「冷房装置」になっているのですが、この時代にクーラーがあったとは思えないので、解説の「冷蔵庫」が正しいのだと思います。本文も書き替えればいいのに、英語版が出た翌年に邦訳が出ていて、締切がきつかったことが想像できて、新装版では訂正されているかもしれない。

この時代、電気冷蔵庫は高級品ですが、金のある家だったら買えたでしょうし、少なくとも氷を使って冷やす冷蔵庫はあったろうと思います。ゲットーでは氷を買うこともできなくなっていたでしょうけど。

本文にもストーブに隠した旨が出てくるのですが、これはどこのことかよくわかりません。ことによると、冷蔵庫と暖房器具がヘブライ語から英語、英語から日本語に翻訳される過程で、ごっちゃになっているのかもしれない。

 

 

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