松沢呉一のビバノン・ライフ

ジョイ・ディヴィジョンの元ネタになった「パチモン小説」—カ・ツェトニック135633著『痛ましきダニエラ(人形の家)』[9]-(松沢呉一)

1960年代初頭イスラエルでナチス・ポルノが大流行—カ・ツェトニック135633著『痛ましきダニエラ(人形の家)』[8]」の続きです。

※小説が虚構であるのは当たり前、この小説をパチモンだとするのは、実話をもとにしたという触れ込みで発売された点です。実話であると錯覚させようとしたのは著者自身であったというのが今回の内容。

 

 

 

ジョイ・ディヴィジョンは『痛ましきダニエラ』に由来する

 

vivanon_sentence痛ましきダニエラ』の影響はイスラエルだけで起きたのではありません。ナチス・ポルノを生み出しただけでもありません。

パンク以降のニューウェーブの流れのひとつを生み出したジョイ・ディヴィジョン(Joy Division)のバンド名が収容所の売春施設からとられたことは知ってましたが、元ネタはまさに『痛ましきダニエラ』でした。快楽区です。

本に快楽区が出てきた段階で気づいて、検索したら、やはりそうでした。

以下はWikipediaより。

 

 

当初、バンド名はバズコックスのマネージャーの命名によりスティフ・キトゥンズ(Stiff Kittens)としていたが、すぐにデヴィッド・ボウイのアルバム『ロウ』収録曲からとった「ワルシャワ (Warsaw)」という名称に変更。その後、類似する名前のバンドが存在することが判明したため、バーナード・サムナーの発案およびバンド内での協議により1978年1月から「ジョイ・ディヴィジョン」と名乗るようになった。この名前はナチス・ドイツ強制収容所内に設けられた慰安所に由来するもので、イェヒエル・デ・ヌールの小説『ダニエラの日記』の一節からとられた。

 

 

ダニエラの日記』は河出書房から出た新装版のタイトルです。

1stEP「An Ideal for Living」収録の「No Love Lost」の歌詞に『痛ましきダニエラ』からのフレーズを入れ込んでいて(語りの部分。「House of Dolls」という言葉も出てくる)、バンド名の由来を明らかにしています。ここまでするのですから、相当に思い入れがあったのではなかろうか。

小説として思い入れたのならいいとして、実話として受けとった可能性も大。小説として思い入れたのだとすると、ポルノが好きってことです。とまでは言えないですが。

ジョイ・ディヴィジョンらしくないとしか思ってませんでしたが、改めて見ると、「An Ideal for Living」のジャケットはヒトラー・ユーゲントぽい。ヒトラー・ユーゲントはワンダーフォーゲルなどの青年運動を潰してナチス傘下の組織に改変するためのものであり、制服もそれ以前のものを継承していますから、これだけでは判断できないですけど、腕章をつけているようにも見えますし、書体もナチスが好んだドイツ文字(フラクトゥール)を意識していそうです。

この本をどうして買ったのか記憶にないと書きましたが、もしかすると、ジョイ・ディヴィジョンのことを知った上で買ったのかもしれないと思ったりもします(そこまで目的がはっきりしていたら、記憶が消えやすい私でも記憶していると思いますので、たぶん違います)。

 

 

 

 

 

ドイツでの発売は長らく許可されなかった

 

vivanon_sentenceジョイ・ディヴィジョンが出てきた時点では「この本は実話ではなく、日記は存在せず、あり得ない設定になっており、ポルノである」と公然と指摘する声は少なかったはずですから、当時、バンドを説明する人たちが、わざわざ「パチモン小説が元ネタ」とすることはなかったでしょうし、バンド側もこれを実話としているわけではなかったでしょうから、「あれは事実じゃねえぞ」と教える人もいなかったかと思います。

「この本は実話ではなく、日記は存在せず、あり得ない設定になっており、ポルノである」という指摘は以前からなされていたようですが、そういう指摘が無視できないくらいに増えたのは1980年代以降、とくにこの四半世紀程度のことのようです。Stalags—Holocaust and Pornography in Israelが公開されたのもわずか12年前です。

 

 

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