ムスリムにおけるアンチセミティズム(反ユダヤ主義)の浸透—ポストコロナのプロテスト[16]-(松沢呉一)
「コーランを焼かれて怒ったムスリムがユダヤ人虐殺の歌で気勢を上げた—ポストコロナのプロテスト[15]」の続きです。
ロンドンで歌われるユダヤ虐殺の歌
それにしてもって話です。北欧のネオナチは現在イスラム攻撃、移民攻撃に力を入れていますが、ネオナチってくらいで反ユダヤでもありましょう。ユダヤ人でネオナチになるのも絶無ではないにせよ、極々少数かと思います。そいつらと対抗するのに、なぜムスリムはユダヤ人虐殺の歌を歌うのか。
以下のコールっぽいのが「カイバーの戦い」のようです。
これは2017年、ロンドンで行なわれたアンチ・イスラエルの集会です。動画のタイトルが「Islamic hate speech on the streets of London」になっています。ここではイスラエルをサポートする米国も批判の対象で、イスラエル政府や米国政府に対する批判ならいいとして、あるいはシオニズムを批判するならいいとして、ユダヤ人虐殺の意味の歌が繰り返されているのです。
この集会はパレスチナに連帯する英国の団体も参加しているのですが、こういった団体も、ネオナチのヘイトスピーチだったら許さないのに、ムスリムのヘイトスピーチは容認する。その歌がどういう意味かわからないとしても、わかる人も少しはいるはずで、それでもやめさせないのはおかしくないか? 文句を言って殴られるのはイヤとかそういうのはわかりますけど、事後でもいいので申し入れをした方がいいと思います。
この歌は対ユダヤ人との闘いの歌として歌われていて、パレスチナ人がイスラエル警察や軍隊に対峙する際にもおそらく歌われているでしょう。いいことではないにしても、これはわかる。自分らの住んできた土地がイスラエルに占領され、たまに石を投げるくらいしかできず、それだって殺されることがあるような中で、こう言いたくなるのはわかります。ここで「ユダヤ人のすべてが現在のイスラエルを支持しているわけじゃない」といくら言っても、目の前にいる警官や軍隊は自分らを殺すかもしれないユダヤ人です。
しかし、ロンドンで歌うべきではなく、まして、ユダヤ人ともイスラエルとも関係のないスウェーデンの反ネオナチ集会で歌うのはやっぱりわからないし、許されるべきではない。一部のムスリムにとっては反ユダヤがデフォルトであり、場合によっては極右の背後にユダヤ人がいるとの陰謀論を信じているのもいそうです。んなはずがないですが、こういう飛躍はレイシズムにはつきものです。ナチスがやったことはそういうこと。
マルメ住民の46.7パーセントが移民とその子ども
「移民のムスリムはマイノリティだから許される」という論理はマルメではまるで成立しない。
マルメはスウェーデンで3番目に人口の多い都市です。工業都市のため、働き口があって、30万人強の住民のうち、30パーセント以上は国外で生まれた人たちです。アフリカ、中東、東ヨーロッパからの移民です。うち8割程度がムスリムのようです。これに国外生まれの両親の子どもを含めると住民の半数近くに達します。
スウェーデンの調査では、スウェーデンに住むムスリムのうち、39パーセントが反ユダヤ的な考え方をしているとの結果が出ています。上の数字から単純計算すると、マルメではざっと4万人から5万人くらいが反ユダヤです。
対して、マルメのユダヤ人口は10年前で700人程度。この「ユダヤ人」は改宗していない人たちだろうと思いますが(改宗していてもナチス基準ではユダヤ人)、数万人の反ユダヤの脅威に脅えて、マルメを出る人、国を出る人が増えているとあるので、今は500人もいないのかもしれない。
全人口比で言えば、マルメでもムスリムはなおマイノリティ。しかし、ユダヤ人はそれよりもはるかにマイノリティ。
どちらのレイシズムにも反対するのが正しい姿勢ですが、反イスラムの極右との関係から、イスラムの反ユダヤ主義を見逃してしまいがちな傾向があるとスウェーデンでも指摘されていて、「マジョリティ/マイノリティ」の関係を一律に見ると、こういう間違いに陥ります。
英語版Wikipediaの「Antisemitism in Islam」は非常に重要な内容なので、目を通すといいと思います(日本語版ではヨーロッパ各国の現状についての記述がカットされていますので英語版をオススメ)。スウェーデンのムスリム内反ユダヤ主義が39パーセントなのはまだ少ない方で、英国では55パーセント、ノルウェーではムスリムの間で反ユダヤは「一般的」とされています。
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