松沢呉一のビバノン・ライフ

同性愛者が公開鞭打ち刑になるインドネシアのアチェ州—ポストコロナのプロテスト[44]-(松沢呉一)

小中学生も参加しているインドネシアのプロテスト—ポストコロナのプロテスト[43]」の続きです。

 

 

道徳にすがる人たちはどこにでもいるけれど

 

vivanon_sentenceインドネシアで昨年法案が出された刑法(KUH Pidana)改正案についての続きです。

今回のオムニバス法もそうですが、インドネシアでは多岐にわたる重要な法改正を一気にやろうとする傾向があって、ひとつひとつ丁寧にやればいいのにと思わないではいられない。

どこの国でもよくあることですが、プロテストに反対する人たちは、「暴れているヤツらは法案を読まずに騒いでいるだけだ」と批判しています。これもどこの国でもそうであるように、中身を正確に理解せずに騒いでいるだけの人は現にいるでしょうし、とくにあのような法改正のやり方では、すべてを正確に理解することは難しい。

たとえば賛成派は婚姻外セックスの否定について「すぐさま捕まるわけではなく、親告罪だ」と説明しています。「そこをちゃんと理解しないで騒いでいる」と。

いやいやいや、結婚という契約に合意した配偶者だけが親告できるのであればまだしもとして(それだって私は反対ですけど)、親や子どもも親告できるのですから、個人の領域に属する行為を家族が判定することになります。

日本にもセックスワーカーに対して、「将来子どもがどう思うのか考えないのか」「親が泣く」「自分の妻が売春していてもいいのか」「子どもにはやらせたくない」などと言う人たちが多数います。

小倉千加子もかつて要友紀子の調査に対して、そのような言葉を「朝日新聞」で投げつけたことがあります。比較的ましなフェミニストと私は認識していましたが、その小倉千加子でさえも自身の道徳に反する事象に直面すると、家族にすがって現実を否定するしかなくなることに心底失望しました。所詮、その程度の道徳家でしかなかったかと(要友紀子が直接アプローチして、考え方を変えたようですが)。

これを法律にしようとしたのがインドネシアです。刑事罰に処するには親告が必要であっても、違法にするによって社会的規範を強化し、無関係な第三者がここに介入し、家族に通知して、訴え出ることを促し、訴え出ないと、今度は家族を攻撃することは目に見えてます。抑圧的な社会ではこうなります。

親告罪であろうと、非親告罪であろうと、批判派が言っていることが正しいと私には思えます。

なぜこんな法律を通そうとしたのか。これは矯風会インドネシア支部が強いためではなく、イスラムが強いためです。国民の87パーセントがムスリムであり、世界最大人口のイスラム国がインドネシアです。

※2019年9月25日付「tirto.id」 この記事に昨年の刑法改正案の要点がまとめられています。流れたからいいようなものの、これだけの改正を一度にやろうとするのは無理があります。まとめてやることでひとつひとつ丁寧な議論がなされないようにしていると疑うしかない。

 

 

アチェ特別区の特性

 

vivanon_sentenceイスラムがもっとも強いアチェ(Aceh)特別州では、以前から同性愛は禁止、未婚の男女がカフェーなどに2人で入ることは禁止。

ここがアチェの特性で、他の場所では比較的ゆるいムスリムも多い中、アチェは厳しい。別文化圏であって、かつてはインドネシア政府に対して独立を求めて内戦状態にありました。

2005年に和平協定が結ばれてます。最近ですよ。しかし、これ以降もゲリラ戦を続けているのもいるために、軍が常置しており、軍に対する住民の反発も強く、何かきっかけがあると独立闘争に火がつきます。

この2005年の和平協定締結のきっかけになったのが前年の津波です。これで17万人が死亡しています(行方不明者を含む)。戦争どころではなくなりました。

スマトラ沖地震による津波については、タイの被害の大きさを映像とともに記憶していますが、アチェの方が震源地に近く、被害が大きかったのですね。

 

 

 

 

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