松沢呉一のビバノン・ライフ

どんな仕事も金のためなのに—性風俗を金だけで語りたがる理由[1]-[ビバノン循環湯 572] (松沢呉一)

20年以上前に出した拙著『風俗バンザイ』は、たまたま知り合った風俗嬢の話がムチャクチャ面白くて、彼女のインタビューを交えつつ、その時点で私が感じていたことを書いたものです。性風俗の取材を本格的に始めて1年か2年程度だったため、自分自身の中にあった思い込みがどんどん壊されていくのが楽しくて、大量の原稿を書いていて、単行本には入れなかった原稿も多数ありました。今回循環する原稿は、インターネットに出しただけだと思います。

読んでいただければおわかりのように、これは一本の原稿に対する批判からなります。その原稿自体はどうでもいいのですが、20年以上経った今も世の中はそんなに変わっておらず、改めて書いても同じような内容になりそうで、だったらそのまま出しておく意味があるかと思った次第。「先見の明があるだろ」と喜べる話ではとうていなくて、悲しい話です。

このシリーズに登場する「竹」というのは竹子です。松竹コンビにしただけで、彼女の店の名前でも本名でもありません。おぼろげな記憶ですが、このちょっとあとで彼女はまったく関係のない仕事を始めたはず。今はどうしているのか知らない。

この頃は「セックスワーク」ではなく「性労働」という言葉を私は使ってました。知る限りでは1970年代には使われていて、もっと古くは「性業」という言葉がありました。セックスワーカーは「性業婦」。「性の仕事」という考え方は日本では古くからあったのです。

若干の加筆訂正をしています。

 

 

 

仕事である以上、金のためであるのは自明

 

vivanon_sentence風俗嬢という仕事をなんとしても貶めたい人たちが好むのは「彼女らは金のためにやむなく風俗嬢になったのであり、望んで風俗嬢をやっているのではない」というお話である。「好き好んでやるはずがない仕事である」というわけだ。

では、このような物言いは、果たして風俗嬢の実像をとらえているのか。

 

竹:業種にもよると思うけど、8割方は、借金の返済とか、生活費に困ってとか、子供を育てるためとか、夫が事業に失敗してとか、何らかの経済的な事情があって、この世界に入ってくるんだと思う。だからといって風俗嬢が悲惨なら、どんな仕事でも悲惨になってしまうよ。

松:どんな人だって、まず金という目的があって仕事をしているんだからね。金のことを一切考えないでやるのは仕事じゃなくて趣味かボランティアだよ。

 

性労働以外の職業を語る場合は、金のためにやるものであることは言うまでもない大前提であり、仕事を始めた理由として金のことをわざわざ持ち出すことは少ない。

性労働以外の仕事に従事している皆さんが、雑誌のインタビューを受けたとして、「仕事を選択した理由」として、どんな言葉を答えを選択するか考えてみていただきたい。

「金がいいから」と答える人もいるだろうが、社会一般、金のことばかりを語るのはみっともないこととされている空気があるため、仕事を選んだ理由として「この仕事が好きだから」「子どもの頃から憧れていた」「人と接するのは楽しい」「自分に合っている」「やりがいがある」「世の中の役に立てるから」なんて、体のいい言葉が語られることになるだろう。

もちろん、「それしかなかったから」といった理由を口にする人もいるだろうが、「生活のため、家族のために仕方がなく始めました」と言う人はおそらく少ない。

ところが、風俗嬢となると、途端に金ばかりがメディアで語られる不思議さよ。

 

松:同情すべき経済事情によって風俗嬢になった女性がいるとして、同情すべきは、そこに至るまでの経済的困窮であって、風俗嬢という職業そのものではない。悲惨な職業があるとすれば、一所懸命働いても働いても、それに見合ったギャラが払われず、踏み倒されることさえある仕事でしょ。自分のことを言っているんだけどさ(笑)。なんでアタシはこんな仕事をしなきゃいけないの? つらいつらい。

竹:まあ、そう泣くなよ。あんたも好きでやってんだから(笑)。

松:オレも八割以上あるいは九割以上、風俗嬢になる直接の動機は経済的事情だと思うけど、他の職業で稼げる程度の経済的事情も案外多い。現実に会ったことがあるけど、陽当たりが悪いから引っ越し代を稼ぎたいとか。マンションを買いたいんじゃなく、今より広いところに住みたいというのでさえなく、純粋な引っ越し代として不足している30万円のため。30万円だって大金だけど、会社員だって、あるいはアルバイトで貯められない金額じゃない。だいたい引っ越ししたい理由が陽当たり程度の理由だったして、切羽詰まった理由じゃない。

竹:会社員をやりながらアルバイトで風俗やっているコが“どうしても欲しいバッグがある”って言う。でも、そのバッグの値段は8万円。普通の会社員の給料やボーナスでも買えるけど、“給料やボーナスはそんなことに使いたくないから”って。

松:そういうのもよくいるね。自分の給料は貯金したいから、思う存分浪費する金が欲しい。

 

以前はマイナスの生活をゼロにするために風俗に入り、80年代からはゼロをプラスにするために風俗に入るのが増えてくる。15万円でも30万円でもいいけど、そんな値段のバッグなんて特に生活に必要はない。普通のOLなみの生活をしたいんじゃなくて、それ以上の生活をしたい。これが実は相当多かった。そして、90年代は経済的な事情以外で入るのが増えてきている。

※Ernst Ludwig Kirchner「Standing Nude in a Room

 

 

なんとなく風俗嬢になるケース

 

vivanon_sentence私が本腰を入れて風俗取材を始めて、いい意味でショックだったのは、新世代の風俗嬢に出会ったことだ。新世代だと言っていいのかどうかにも疑問はあるのだが、新世代ということにしておく。

 

 

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