松沢呉一のビバノン・ライフ

エチオピアのハチャル・フンデッサ射殺事件—ポストコロナのプロテスト[48]-(松沢呉一)

パンクはインドネシア社会の保守化に勝てるか—ポストコロナのプロテスト[47]」の続きですが、エチオピアについては「ベタ・イスラエルはエチオピアでもイスラエルでも差別され続けている—ポストコロナのプロテスト[24]」からも続いています。

 

 

オロモのトップ歌手が射殺された!

 

vivanon_sentence世界で現在進行していることを見ていると気が滅入るので、この辺で長閑な音楽でも聴いていただきましょう。

 

 

 

この人はオロモの人気歌手ハチャル・フンデッサ(Hacaaluu Hundeessaa/オロモ語はゲイズ文字ではなくラテン文字)。「ハチャルー」という表記もありますが、母音が重なるのは長音の意味とは限らないようで、「ハチャル」にします。

オロモはエチオピアの最大民族ですが、支配民族はアムハラ。公用語もアムハラ語で、ゲイズ文字ですが、各民族はそれぞれの言語を使用。現在の首相は、エチオピア史上初のオロモ出身であるアビィ・アハメド(Abiyyii Ahimad Alii)です。

この辺はムチャクチャ複雑で、錯綜するエチオピアの民族関係と政治関係については「法律的にも文化的にも宗教的にも同性愛が許されない国—エチオピアについて知りたかったこと[4]」を参照してください。簡単にしか書いてないけど。

本シリーズを書いていると、しばしば出口が簡単には見出せず、沈鬱な気分になるのですが、とくに今回は気が重い。どうしたら解決できるのはさっぱりわからない上に、すでに多数の人々が殺されています。

ハチャル・フンデッサは今年の6月29日午後9時半、首都のアディスアベバ郊外で、車から降りたところ、狙撃されました。病院に運ばれますが、すでに死亡していました。この病院が北京総合病院。エチオピアと中国の深い関係が読み取れます。このことは今回書いていくこととは無関係なので、誤解なきよう。

ティルネシュ北京病院(ጥሩነሽ ቤጂንግ ሆስፒታል)のサイトから。総合病院という呼び方もされているので、この病院で間違いなさそう。2011年にエチオピア政府と中国政府の共同で設立されたもので、中国はここにコロナ対策の物資と人員を送り込んでます。

 

 

エチオピアに経済の疲弊や飢餓をもたらしたWHOの方針

 

vivanon_sentence今回は直接にはコロナ禍との関係は見出せませんが、まったく関係がないとはとうてい思えません。

エチオピアでは4月8日に政府により5ヶ月にわたる非常事態宣言が発せられています。これとは別に各州政府が3月末からロックダウンを実施しています。この段階ではポツリポツリと全国でわずかな数の感染者が出ていただけですが、WHOの方針を忠実に先取りしたってことでしょう。テドロス・アダノム事務局長の顔を立てるためにもそうするしかない。

しかし、これが裏目に出ます。

 

2020年10月9日付け「worldometers

 

 

ロックダウンの効果は見られず、5月あたりから数字が増えていて、とくに7月から急増していきます。感染者は8万人を超え、死亡者も千人を超えていますが、人口は1億人を超えていますので、どれも日本と同じくらいであって、そんなにひどくはない。

正確な感染者数はわかりませんでしたが、10万人ほど収容されているエリトリア人の難民キャンプで感染が拡大したようです。ひとつの部屋に10人以上が暮らし、感染を防ぐことは難しい。

エチオピアの地方都市は農業が主体で、狭い家で家族が同じ空間で暮らしているとは言え、農業地区では感染しにくい。人が密集しているのは難民キャンプとアディスアベバくらいですから、そこで感染が拡大したところで、国全体を見た時には、そんなもんかと思います。

問題は長期の緊急事態宣言によって経済が停滞し、失業者が続出したことです。さらにはバッタ被害や洪水で農業は壊滅状態ですから、食い物さえも満足に手に入らなくなってきています。

直接には見えてこなくても、ハチャル・フンデッサ殺害背景にはコロナ禍がやはりあろうかと思います。

以上を踏まえてお進みください。

※2020年4月19日付「ALJAZEERA」 エリトリアとの関係がまた複雑で、もともとエチオピアの一部だったエリトリア州が1993年に独立。以降もエチオピアとは対立し、両国は2000年に休戦しつつ、緊張関係が続いてましたが、2018年にアビィ・アハメド首相が和平協定を実現してノーベル平和賞を受賞。国境警備がゆるくなったのに伴って、それまでの難民に加えて、7万人のエリトリア人が国境を超えてエチオピアに流れ込みます。エリトリアは独裁が続いていて、政府に楯突くことはできず、デモや集会はすべて禁止されており、メディアも機能していません。また、無期限の徴兵制があるために、国外脱出する人たちがあとを断たないのです。エチオピアへの難民は4つの難民キャンプに収容されていたのですが、国連からの支援が減らされ、エチオピア政府も予算確保が難しくなって、アディスアベバに難民を移送して、キャンプを縮小する計画を発表したという記事。これまでに2万人は都市部に移送されて、通常の生活をしているのですが、ロックダウンのために仕事がない中、移動したところで失業者を増やすだけであり、人の移動にともなってウイルスが拡散される可能性があるため、国連難民高等弁務官事務所などの援助機関はこれに反対していて、キャンプ内部からの反対もあってその後も実現されていないようです。エリトリアは非民主的な居心地の悪い国であることは間違いないとして、エチオピアから脱出するエチオピア人もあとを断たず。これはもっぱら民族対立によるものです。

 

 

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