判断力が欠落した「暴力マスク警察」を催涙スプレーで撃退した件—マスク・ファシズム[18]-(松沢呉一)
「マスク義務化の弊害さまざま—マスク・ファシズム[17]」の続きです。
おせっかい暴行男、催涙ガスで撃退される。ざまあ
「ポストコロナのプロテスト」だけ残して、新型コロナ関係のシリーズはやめてしまったため、すっかりマスクやフェイスシールドのことを書かなくなってましたが、実のところ、ずーっとマスク関係の記事はアクセスが続いています。なにかと議論になること、トラブルになることがなお多いのでありましょうし、着々とまた感染者が増えてきて、頭の中が恐怖と不安でいっぱいになったマスク警察が増えたりしているのでありましょう。
そこで、ひさびさになんか書いておくかなと。
日本では国や自治体がマスクを義務づけるような狂った真似をしていない分、いい国ですけど、個人で狂っている人がいます。
2020年11月6日付「iza!」
いらんことを注意した上に押し倒した方が悪いに決まっているだろ。
ただ、催涙スプレーは目から涙が止まらなくなったり、充血したりするなどして、傷害になって、押し倒す暴行に対する防衛としては過剰と見なされるようです。場合によっては他の人にも迷惑をかけますから、怪我をしない程度に殴るか蹴りを入れる程度に留めればよかったですね。そこはミスとして、悪いのはまったく意味のないことを注意して暴行してきた男です。
おそらく自分に原因があることを棚に上げて、一方的な被害者気分で図々しくも警察に被害届を出したのでしょう。そういう人間ですよ。その人間の言い分を警察は発表しているわけですけど、それを読んでも、被害者ヅラしているこいつが悪いのは歴然としています。
鼻を覆うことに多くの場合意味はない
11月3日付「毎日新聞」によると、鼻を出していた人に、「マスクを着けるときは鼻まで覆え」と注意したらしい。バカじゃねえの。
市販の安いマスクは話をしたり、咳をしたり、歌ったりする時に唾液の飛沫が散ることを防ぐものなのだから、鼻水の飛沫を散らしていない限り、口さえ塞いでいればいのだし、話をしたり、咳をしたり、歌ったりしていなければ、マスクはしていなくてもいい。顔が目の前にあるんだったらともかくとして。
鼻まで覆うのが正しい着用法なのは、N95マスクのように防護機能まであるマスクであって、そうしないとマスクの機能が果たせない。
ウイルスを透過する市販の安いマスクやポリウレタン製のマスク、手製の布マスクはこれとは関係がありません。
鼻までを塞いでいると、呼吸によってマスクが浮いてスキマができやすく、そこから唾液が漏れる可能性がゼロではないため、鼻は出していた方がいいとも言えますし、息苦しいんだから鼻を出していても問題なし。この辺の判断は分かれるとしても、本来の機能を考えれば、鼻を出していても十分に正しいマスクの着用法です。
それが気に食わないのであれば、自身がより精度の高い防護をすればいいだけのことです。N95マスクや防塵マスクをする、ゴーグルやフェイスマスクをする。
「アバウトでいい」と言っている私だって、場面によってはマスクの上にフェイスシールドをつけているのですから、周りの人の対策が不充分だと思ったら自身でそれに対処すればいいだけのことです。自分で対処すればいいことを人に押しつけるな、ボケカス。
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