松沢呉一のビバノン・ライフ

ステロタイプな発想に基づく原稿の杜撰さを確認—性風俗を金だけで語りたがる理由[2]-[ビバノン循環湯 573] (松沢呉一)

どんな仕事も金のためなのに—性風俗を金だけで語りたがる理由[1]」の続きです。

 

 

性風俗のステロタイプ表現

 

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風俗の世界をルポしたような原稿では[借金返済が目的][好きでこの仕事をやっているんじゃない][好きでこの仕事をやっているコなんて1%くらいじゃない?][『エッチ大好き』なんていうのはお店の宣伝文句だからね。そんなの本音ではあり得ない]といった風俗嬢の言葉が好んで取り上げられる。客向けの営業用の言葉を全否定した上で、あくまで目的は金でしかないことを強調し、この仕事への嫌悪をも思い切り語るわけだ。

このような紋切り型の原稿を探すのは難しくない。風俗の世界をさほど知らないライター、あるいは洞察力が鈍いライターは、営業用の言葉がメディアに溢れているが故に、「好きでやっているのはいない」なんて言葉で、あたかも風俗嬢の「本音」とやらを見事に聞き出せたと思い込み、自信満々で原稿にまとめてしまうのだろう。

上に挙げたいくつかの文章は、正にその典型と言える実在の原稿から引用したものである。『エッチなお仕事』(1996年・コスモの本刊)に掲載された石川ひとみモラリストたちの瀬戸際」という原稿がそれ。

タイトルからもおわかりのように、別冊宝島『セックスというお仕事』の売れ行きに触発された二番煎じもので、二番煎じものたいていがそうであるように、『セックスというお仕事』の足元にも及ばないひどい代物。中には読ませる原稿もあるが、「『セックスというお仕事』みたいなものを作れば売れるらしい」という思い以外に、編集者の意図がまったくわからず、趣旨もテイストもバラバラの玉石混交の原稿がただ並ぶ散漫な編集になっている。

この本の帯には「セックスが好き? お金が大好き! セックス産業ってなーに/風俗嬢たちの本音を聞いた」とあって、編集者自体が「お金」というのが風俗嬢の「本音」だと宣言してしまっている。

それが正しいのであれば、編集という仕事、出版という仕事も「金が本音」ってことになるだろうに。

※August Macke「Greeting (Begrüssung)

反面教師としてすぐれた文章

 

vivanon_sentence「モラリストたちの瀬戸際」の筆者である石川ひとみってライターがどんな人かはまったく知らないが(まさか歌手ではあるまい)、自分で「全くの門外漢」と書くように、この世界をまるで知らない女性ライターで、これが風俗嬢を初めて取材したものらしい。知らないままに書くと、こういうことになりがちという反面教師として、以下お読みいただきたい。

石川さんは歌舞伎町にあるヘルスを訪れ、そこで働くコたちに話を聞く。前半ではリサ、ミカ、マリの三人のヘルス嬢の話が続き、いずれもヘルス嬢になって半年とのこと。より多くの風俗嬢と接している人ならば、この原稿で取り上げられた3名の意見が風俗嬢を代表するものではないこと、また、彼女らの言葉から著者が受け取っているものは、これを語る本人の心のうちを正確にはとらえていないだろうことに気づくはずだ。よく読むと、明らかな矛盾があるのだ。

 

リサさんが(略)当時を振り返って言った。百万ほどの借金を作ったのがこの世界に入ったきっかけだが、最初はずいぶん悩んだという。

(略)普通のバイトをやっていたら十五〜六万くらいしか入ってこないでしょう。この収入で、借金してアパートの家賃払ってなんてできっこない。だったらスパッと働いて借金を返してすっきり元の生活に戻ろうと」(ミカさん)

(略)三人とも借金返済が目的。店の同僚には車を買って三百万以上の借金を背負っているコもいるそうだが、ミカさんは四十万円、マリさんは百万程度と意外に少ない。

「この金額だから、サクッと働いてサクっとやめなきゃ。好きでこの仕事をやっているんじゃないんだから、計画的にやります。目標まであと二〜三カ月かな。でも、半年もやったかと思うと泣きたくなる。なかにはダラダラやっているコもいるけど、目的があるコは二カ月、三カ月でやめなきゃ」(マリさん)

聞くところによれば、男またはセックスが好きで風俗の世界に入るコもいるそうだが、この三人、どうやらこの商売が嫌いらしい。

「人によるよね、ここに集まった人は、この仕事にちっとも誇りを持っていない人で『ふざけんなよ、あの客』とかいってるのばかりだからそうなっちゃう。でも、好きでこの仕事をやっているコなんて1%くらいじゃない?(略)」(ミカさん)

「でも、チラシとかに書いてある『エッチ大好き』なんていうのはお店の宣伝文句だからね。そんなの本音ではあり得ない」(リサさん)

「嘘でも、好きだなんて言いたくないというプライドもあります」(ミカさん)

 

 

1ヶ月で返せるはずの借金を半年経っても返していないことに疑問を抱かない不思議

 

vivanon_sentenceよく読んで欲しい。リサさんとマリさんが100万円、ミカさんが40万円の借金というのは、風俗嬢になる前の金額だ(今現在、抱えている金額だとすると、この仕事を始めたきっかけとしては「意外に少ない」という石川さんの感想の意味が通じなくなる)。

 

 

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