松沢呉一のビバノン・ライフ

金は「汚れた性」を浄化する—性風俗を金だけで語りたがる理由[3]-[ビバノン循環湯 574] (松沢呉一)

ステロタイプな発想に基づく原稿の杜撰さを確認—性風俗を金だけで語りたがる理由[2]」の続きです。

 

 

 

ライターになった理由として金を挙げる人はほとんどいない

 

vivanon_sentence私が今現在ライターであるのは、ただなんとなくでしかなく、どうしてもライターになりたいと願って努力したわけではない(今になって振り返ってみると、結果としてライター修行になった部分があるにしても)。しかしながら、いくつかの時点で、この仕事を自ら選択したことがある。学生の時にアルバイトで出版社や編プロで働いたこと、別の仕事をしながら原稿書きをやることにしたこと、連載を引き受けたこと、他の仕事を削ってもライター業に力を入れようと決断したこと、などなど。

現実にライターになってみて、仕事として自分はライターに向いておらず、職業ライターとしての能力がないと悟りはしたし、ライターの労働環境のひどさには腹が立つこともある。それでもなお竹子ちゃんが言うように、私はこの仕事を好きでやっているのである。

具体的には、原稿を書くことが私は好きだ。締切が迫っているわけでもないのに、あるいは原稿依頼さえないのに、デートを断っても原稿を書き続けたいことがあり、事実、書き続けることがある。締切が迫っているわけでもないのに、原稿が止まらなくなって徹夜する。こういった時の高揚感が私はたまらなく好きなのだ。

また、何を書くか、どういうペースで書くか、さらにはどういう生活をするのかをある程度まで自分で決定できる点も私は気に入っている。

こういったことを公言したところで、特にデメリットは受けず、バカにもされまい(依頼のない原稿を書くことや連載を1年先まで書くことは時々バカにされるな)。

あるいは、ライターという職業には、「人に伝えたいことがある」「世の中を少しでもよくしたい」「社会正義のため」「表現欲求を満たすため」といった耳障りのいい言葉がいくつも用意されている。本心は「名前を売りたいため」「偉そうなツラをしたいため」「女にモテたいため」(ライターじゃモテるはずないけど)という人も相当数いると思うが、こんなことを公に語るライターはあまりいない。

ギャラの出ないミニコミでなく、わざわざ規制のある商業誌に書く以上、「金のため」という事情だって、多かれ少なかれある。私だって霞を食っているわけでなく、金のために原稿を書いている部分が確実にある。

サラリーマンよりいい金を稼げる保証はないけれども、能力次第では稼ぐことも可能であり、1冊の本で億単位の印税を得ることもあるため、ベストセラーを出してそれを実現したいと考えている人は少なくないはずだ。この部分を取り出すなら、我々ライターの本音は「書くのが好き? お金が好き!」ということになる。

※Ernst Ludwig Kirchner「Female Nude (Weiblicher Akt)

 

 

なぜ風俗嬢は仕事を肯定的に語れないのか

 

vivanon_sentence私らライターは「書くのが好き」などと子どもじみたことを言ってもいいというのに、風俗嬢は「この仕事が好き」とは言いにくい空気がある。

「セックスが好きだから」「チンコをしゃぶるのが好きだから」「とにかく男が好きだから」「誰かが自分を求めてくれる状態が好きだから」「マンコをいじられるのが好きだから」「もっと体を開発されたいから」「いろんなエッチを試したいから」「恋人や愛人を探したいから」「自分が今まで会ったことのないタイプの人に会えて、いろんな業界のいろんな話を聞けるから」「やりがいがあるから」「人間観察が好きだから」「自分の努力が結果としてはっきり表れるから」「成果がそのまま収入になって戻ってくるから」「他人が自分を評価して大金を出してくれるのが嬉しいから」「人間関係が煩わしくないから」「創意工夫が生かせるから」「お客さんの喜ぶ顔を見たいから」といった理由があったとしても、このことは営業用のメディア以外では語られにくい。

仕事がハードであることは事実として(人による)、また、金のためであることは事実として、その上で「男を騙すのが楽しい」「人と接することは刺激になる」「社会勉強になる」といった、この仕事の面白さがあったとしても、やはり口にしにくいのが現実なのだ。

江戸時代、あるいは明治以降でも、なぜ遊女たちが蔑視されなかったのかと言えば、「親のため」「弟、妹のため」といった名目があったためだ。家族のために、やっはいけいないはずの仕事をする健気な女として肯定されたからだ。蔑視があるがゆえに、その心持ちは尊かったわけだ。

その残滓が金である。そのために、しばしばこの世界の住人は、金のみを強調する。これが社会一般で受け入れられやすい動機だからであるし、それを語っている限り、自身の中にある道徳に基づいた偏見を疑うこともないライターや編集者はその内容の矛盾に気づかないでいてくれる。

竹子ちゃんもそうしていたように、創作した悲惨話を語ると喜んでチップを出す客がいて、その客の罪悪感もこれで薄らぐのだが、そういう客とそれらの編集者やライターの道徳観は重なっている。

この社会では、一般に金は汚いものとされがちだが、セックスよりはまだしも金の方がきれいってことであり、セックスにまつわる汚さは金で浄化され得る。

※Ernst Ludwig Kirchner「Nude on the Beach

 

 

なぜ女王様は仕事を肯定的に語れるのか

 

vivanon_sentenceでは、なぜ女王様たちはそこから逃れられているのか。

 

 

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