よりよい職場環境を作り出すために職業蔑視も自嘲も邪魔—性風俗を金だけで語りたがる理由[4](最終回)-[ビバノン循環湯 575] (松沢呉一)
「金は「汚れた性」を浄化する—性風俗を金だけで語りたがる理由[3]」の続きです。
「こんな仕事」と語れる人々
「モラリストたちの瀬戸際」で、石川さんはこんなことを書いている。
こんな仕事でさえ、十分遅れても駅から電話するというミカさん。
おいおい、いくらなんでもこの仕事を愚弄しすぎでは。「こんな仕事」はねえだろうがよ。
客が「こんな仕事をいつまでもやっていてはいけない」と説教してきてムカついたという話をよく聞くが、石川さんはこの客と同じ心情の持ち主らしい。
そりゃライターというのは、待合せ時間に遅れ、締切を守らないのが当たり前になっているルーズ極まりないガキの遊びめいた幼稚な仕事だが、店では、なけなしの金を握った指名客が待っているかもしれないのだから、十分遅れたら電話するのは当然である。
自分らのルーズさを基準にして、こんな失礼なことをよく書けるものだ。「こんな原稿」を書いてギャラをもらっているのだから、お気楽ですなあ。
もちろん、風俗嬢が自分の仕事を蔑視するのは勝手。そのことを第三者がそのまま原稿にすることもあっていいだろう。ただし、先に書いたように、彼女らの言っていることとやっていることが一致していないことを見抜けないのでは、明らかにライターの能力不足である(編集者もね)。
性労働を「こんな仕事」としか思っておらず、こんな程度の文章しか書けない、こんな程度の取材者に対してだから(また、ことによると社会が望む道徳を全身にまとっている同性であることによる恥じらいも手伝って)、彼女らは必要以上に、風俗嬢という仕事への蔑視を強調し、そのことで自分らを守らざるを得なかったのではないか。本当のところはわかりませんけどね。
※Auguste Rodin「Nude figure on hands and knees」
自己を肯定することの意義
このように、風俗嬢の言葉は、社会一般に浸透している偏見をスルーさせた上でしばしば語られる。その偏見をはねのけられるのは女王様たちくらいに強い人たちだけ。
それ以外の人たちは、この社会にある偏見を内面化させていて、そのために無意識のうちに自分らを貶めることを語りがちであり、また、この社会が望む風俗嬢イメージを意識してなぞることもある。社会の偏見は時に利用価値がある。
竹子ちゃんが、テレビのディレクターが望む虚構の物語を語ってみせたようにだ(追記)。このことを認識した上で、彼女らの言葉を聞いていかないと、まんまとしてやられることになる。
自分が選んだ仕事を「こんな仕事」としかとらえられない人間が現れた時に、意識的に、あるいは無意識のうちに、自己を防御することはやむを得ないが、できることなら現にこの仕事を選んだ自分を認め、続けている自分を肯定して欲しいと願う。そうしないと、現実は変わらないからだ。
事実、「風俗嬢の仕事のどこが悪いのか。恥ずかしいことをしているとは思わない」と胸を張るような逞しい風俗嬢が増え、心底、なーんにも考えていないのもいる。なーんにも考えずに、この世界に入れること自体、今の時代であろう。
松:マスコミ受けを狙ってじゃなく、本気で“セックスが好きで”というコは、決して多くはないにしても、確実にいるよね。
竹:うん。金が第一でプラスアルファがセックスというのだけじゃなく、セックスが第一でプラスアルファがお金というのだっている。
松:どっちみちナンパしたりされたりしてやりまくっているから、同じことならお金をもらった方がいいっていうタイプね。
竹:“アタシって、男の人がイク顔を見るのが大好きなの。あれを見ていると、お金なんていらなくなっちゃう”なんて女。アタシには、ワケわからんよ。(注2)
松:南智子ちゃんは、自分の性的嗜好が認められる場として性労働に就いたようなところがある。いわば「性的自己実現派」だ。
竹:あとは「男にフラれて系」。ヤケになってとか、「女の魅力を磨きたい」「自分を変えたい」「自分の魅力が男にどれだけ通用するのか確かめたい」とか。フラれたわけでもないのに「自分の可能性を試したい」っていうのもいる。
松:「自分探し系」ね。同じ路線で「海外に行って自分の可能性を試したいから、その資金を作っている」というのもよくいるね。
竹:ここ一年ほど出て来ているのが「フードルになりたくて」。
松:これのどこが悲惨で哀しいのかね。
竹:いや、本人の顔を見ると、たいてい悲惨で哀しい気持ちになる(笑)。
こういう存在を、石川ひとみさんはどうとらえるのだろう。
※Auguste Rodin「Seated female nude」
(残り 2381文字/全文: 4337文字)
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