松沢呉一のビバノン・ライフ

オーストリア国民の4分の1に当たる反移民票がどこに行くのか—ポストコロナのプロテスト[54]-(松沢呉一)

ウィーンの乱射事件と反移民と反イスラムの新しい動きDo5—ポストコロナのプロテスト[53]」の続きです。

 

 

 

オーストリアの微妙さ

 

vivanon_sentence戦中も戦後もオーストリアは微妙。ドイツはナチスを生み出した一方的な加害者という位置づけになったのに対して、オーストリアはアンシュルスによってナチスドイツに支配された被害国のひとつのようでありつつも、それを多数の国民が望んだという意味では半分ナチスの加担国。しかし、ドイツ統合を望んだのは、大ドイツの実現のためであり、ナチスを支持したわけではないという言い分もあります。

ヒトラーがオーストリア出身であることはたまたまだとして、その思想を育み、完成させたのはウィーンです。画家になれなかった個人的恨みが関わるにせよ、のちのナチスの思想はベルリンよりもウィーンの方で先に完成していて、ヒトラーはその影響を受けたようにも思えます。

オーストリアでは自国の責任をはっきりと認めるところに至らなかったことが「サウンド・オブ・ミュージック」に対するオーストリア人の姿勢に表れています(「サウンド・オブ・ミュージック」が長らくオーストリアで上演・上映できなかった理由—アンシュルスの複雑さ」参照)。

その歴史の微妙さを踏まえて、今も民族的にはゲルマンであるとして、ドイツ民族をアイデンティティとする右派もいますが、オーストリアのアイデンティティを求めるのであれば、ナチスとは一線を画すのが必然であって、ナチスに支配された歴史自体が屈辱であり、オーストリアでハーケンクロイツを振り回すようなマヌケなことはできないと考える右派もいます。

前回見たDo5はそのネーミングから見ても後者の流れにあって、サイトでもナチス的装いはありません。ソフトなイメージにくるんで、国を愛し、国土を愛し、家族を愛する人たちの集まりってことを強く打ち出しています。その考えのもとで、移民政策の見直しを求め、反イスラムも打ち出していて、十字はイスラムに対抗するクリスチャンを示しているってことでしょう。

デモも左翼の妨害がありながら平和的に終えられたことを喜んでいます。平和主義者の右派。

「ナチスには共感しないけれど、移民には反対したい」って人たちはいっぱいいて、その層が拡大していますから、Do5はその受け皿にならんとするところが見てとれます。

Do5のロゴ

 

 

国民の4分の1が反移民政党を支持

 

vivanon_sentenceそれでもマーティン・セルナー率いるGo5は危険すぎるので、反移民の空気はどこかが吸収していくはずです。

現首相のセバスティアン・クルツ(Sebastian Kurz)はオーストリア国民党(Österreichische Volkspartei)の党首で、ここは中道右派。単独では政権をとれず、ずっと連立が続いています。

2017年には右派の自由党(Freiheitliche Partei Österreichs)が国民議会選挙(下院選挙)で26.9パーセントの得票率で躍進し、国民党と自由党の連立政権が成立し、セバスティアン・クルツは首相に就任。

この自由党は反移民、反イスラムを掲げている極右政党とされています。それを国民の4分の1以上が支持しました。

しかし、自由党党首のハインツ=クリスティアン・シュトラッヘ(Heinz-Christian Strache)がロシア新興財閥と、選挙協力の見返りに公共事業発注をする約束をしたとの不正疑惑が発覚して失脚し、それに伴ってクルツ政権は崩壊。

2019年の国民議会選挙で国民党は勝利し、自由党は後退したため、2020年1月に国民党は緑の党との連立政権を樹立して、辛うじてクルツ政権は維持されています。

この状態は、ナチス支持を増大させたヴァイマル時の連立政権に近いものを感じます。安定感がない。

 

 

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