松沢呉一のビバノン・ライフ

恐怖する老婆とコロナ禍の銭湯—新・銭湯百景[5]-(松沢呉一)

銭湯に行く人は少ないのに、全裸で知人と出くわす不思議—新・銭湯百景[4]」の続きです。

 

 

二度目に行く銭湯も楽しい

 

vivanon_sentenceまだ行っていない東京の銭湯はあと4軒ですが、足踏みしていて、なかなか減らせない。何かの事情があって行きたくても行けないのでなく、自ら望んで足踏みをしています。今年はヘビマップ作りを終了して、この上、銭湯巡りも終わらせると、人生自体が終わってしまいます。そのあと私は何を支えに生きていけばいいのか。

銭湯制覇を先送りにしたくて、最近は前に行ったことのある銭湯によく行ってます。銭湯はフォーマットが決まっているので、変わった設備や意匠があったり、珍しい構造になっていないと印象に残らない。そのため、行ってから時間が経っていると、初めて来たかのような新鮮さを味わえます。ありきたりってことですから、そんなに新鮮でもないけれど。

先週も一度行ったことのある銭湯に向ったのですが、見つからない。

午後7時頃で、すでに暗くなっています。

路上におばあちゃんが立っていたので、声をかけました。私はこの時マスクをしていなかったので、5メートルくらい離れたところから、大きな声で聞きました。

「この辺に銭湯がありますよね」

おばあちゃんは私の顔を凝視していたのですが、その顔に見る見るうちに恐怖の色が広がって、こちらを見たまま後ずさりしていきます。老練の役者でも、あそこまで鮮やかに恐怖の底に人が落ちていくところを表現するのは困難です。

「あ、そんなに怖がらなくても」と慌てて言ったのですが、おばあちゃんは道の端に退避して脅えてます。叫ばれても困るので、私は早足でその場を去りました。

※写真は本文と関係ありません。以下同

 

 

原因はマスクか?

 

vivanon_sentenceなんの用もなく、外に立っている老人の中にはしばしばボケている人がいるものです。

大きな声を出したのが怖かったのかもしれないのですが、声をかけた時に驚いたようではなくて、私の顔を見てから表情が切り替わったので、暗闇から声がして、そちらを見たら「空襲で死んだはずの弟が生き返った」とか、そんな幻想を見ていたのかもしれない。

「オレがマスクをしていなかったため、ウイルスに見えたのか」とひらめいたのですが、よくよく考えたら、おばあちゃんもマスクをしてませんでした。私もボケちょります。

「おかしいな、たしかここを折れたところに銭湯があったはず」ともう一度回ってみたら、ありました。定休日でした。マンションの下にある銭湯で、銭湯らしい表示は看板だけで、その看板に照明が入っていなかったので素通りしてました。この日は外出先から、思いつきで行ってみたので、定休日を調べてませんでした。

中は覚えてないわ、場所も覚えてないわ、定休日も覚えてないわで、二度目でも新鮮。

 

 

銭湯のロッカーを消毒する風景

 

vivanon_sentence

今年に入ってから都内の銭湯は10軒以上廃業しています。

中では、西早稲田の松の湯と池之端の六龍鉱泉が廃業したのがショックです。六龍鉱泉が休業しているのは気づいていたのですが、まさかそのまま廃業するとは。

 

 

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