松沢呉一のビバノン・ライフ

著作者人格権の侵害? 歴史的事実の矮小化? プランデミック?—ホロコースト・マスクの是非[上]-(松沢呉一)

直接続いているのではありませんが、「自身をゾフィー・ショルやアンネ・フランクに喩えただけで大臣や警察までが乗り出すドイツの怖さ–ポストコロナのプロテスト[68]」「ドイツにおける「コロナ対策をナチスに喩えること」への批判は杜撰すぎる—ポストコロナのプロテスト[69]」「比喩表現を否定するドイツの暴論—ポストコロナのプロテスト[70]」「ホロコーストを比喩に使うことを批判する矮小化論は現実の矮小化である—ポストコロナのプロテスト[71]」を踏まえた話です。

このマスクの件はもっと早くから注目していたのですが、なかなか考えがまとまりませんでした。私の中にも「このマスクはダメだろ」という感覚はあるのですが、同時に矮小化論で済ますことにも反発があります。もっと面倒なものをこのマスクを孕んでいます。そこが整理し切れなくて途中まで書いて放置してました。しかし、ドイツでカッセルのヤナや11歳の少女が叩かれているのを見て、杜撰極まりない矮小化論が気に食わないものを叩く道具と化していることを批判しておかないと、ナチスやホロコーストのタブー化が進むし、異論の封殺が行なわれるだけです。ドイツでそんなことを言ったら、今度はこれまた安易に「ネオナチだ」というレッテル貼りをされかねないですが、幸い日本ではそこまでのことはなく(矮小化論に飛びつくのはいそうですが)、ドイツの民衆煽動罪のような法律が拡大解釈されることもないので、ちゃんとまとめておいた方がいいと判断して、完成させました。相当に面倒な案件ですけど、「写真という著作物の扱いについての注意点」といった、今まで改めて考えることがなかったポイントを明確にできてよかったなと。

 

 

批判されたホロコースト・マスク

 

vivanon_sentenceパッと見、これはダメだろうと私も思うのですが、どこがどうしてダメなのかを説明しようとすると、案外難しい。簡単な説明は可能ですが、簡単な説明ではどうしても無理が出ます。

以下はユダヤ系ニュースサイト「JEWISH TELEGRAPHIC AGENCY」から。

 

 

2020年7月29日付「JEWISH TELEGRAPHIC AGENCY

 

 

インターネットで販売されていたマスクを取り上げた記事です。

この図版は販売サイトからのSSです。現物ではなく、写真を組み合わせたものですが、このまんま写真をプリントした商品のようです。この写真はワルシャワゲットーからアウシュヴィッツ強制収容所に移送される時のものです。

このサイトは7月に開設され、批判を浴びて(販売者によると、脅迫もあったようです)、8月に閉鎖されています。サイトがウェブ・アーカイブに拾われる前に問題のある商品を引っ込めたようで、その現物を見ることはできないですが、この記事によると、このマスク以外にも強制収容所の焼却炉の写真などホロコースト関係の写真やナチス以外の収容所の写真をあしらったマスクがあったらしい。

 

 

ホロコースト・マスクに対する反発はどこから生じるのか

 

vivanon_sentenceこの写真はナチスの記録班が撮ったものでしょうが、この時代の写真の著作権はすべて切れています。

このように写真をマスク型に切り取るのは、同一性保持権の侵害であり、著作者人格権には抵触しましょうし、私の中ではいくらか「やってはいけないこと」という思いは生じますけど、それが問題になるとはちょっと思えない。

では、何が問題か。

 

 

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