松沢呉一のビバノン・ライフ

あるところまでの関係とあるところ以降の関係—死して初めて書く宅八郎との出会い[上]-(松沢呉一)

 

 

宅八郎からの深夜の恐怖電話で聞いた内容

 

vivanon_sentence先に言っておきますが、今回はいかに私は宅八郎についての記憶がないかについて書いているだけです。タイトルにある本題は次回です。もうひとつ先に言っておきますが、次回以降の本題もたいした話じゃありません。

宅八郎の訃報について、Facebookに出した2つの投稿(ひとつめの投稿はこちら。ふたつめの投稿はこちら)を書いた段階では、「これ以上書くことはない」と思ってました。具体的なことは何も思い出せないのです。

あのふたつの投稿を読むと、「毎夜のように電話をしてきて、原稿の相談までする面倒なヤツ」にしか思えないかもしれないですが、その通りです。深夜2時、3時でも電話してきます。私もたいてい起きているし、こっちから深夜に電話することもありましたから、回数は違っても、その点ではおあいこです。

原稿の相談をしてくるのはまだいいんです。結論が出ますから。

時には死にそうな低い声で「もうダメだ」と吐露する。気分の上昇と下降が激しくて、とくに落ちている時に深夜の電話をしてくる。その時は結論など出ないので、電話が終わらない。何時間でも話してます。時には切ってすぐに電話をしてきたこともあります。

「もうダメだ。死ぬ」と電話してくる人は他にもいて、扱いには慣れているので、エロ本を見たり、お菓子を食ったりしながら適当にあしらってました。適当にあしらわないと、こっちがやられます。

だいたいの場合、8割くらいはあっちが話して、こっちは聞き役ですが、あんまり聞いてないので、内容を覚えていないのは当然です。

もちろん、そんな電話ばかりではなく、私のことですから、下半身活動についても聞いてます。「絶対に言わないでよ」と念を押されたからではなく、これも内容はぼんやりとした記憶しかないので公然と書くのは控えますけど、相当に意外だと思います。

ああいうタイプとうまくやっていくコツは距離を保つことで、とくに宅八郎は、「話せばわかる人」ですから、できないことは断り、時には叱ったり、諌めたりしていれば、向こうもそれ以上は踏み込んでこない。こっちがミスった時には謝ればおしまい。深夜の電話も忙しい時は出なければそれまで。寝る時に電話の音が聞こえなくなるようにする癖がついたのは宅八郎がきっかけでした。

言うべきことを言えない人は下僕扱いされますが、私にとってはつきあいやすい人間でしたし、私は彼の原稿を面白く読んでましたから、彼が書けない時にサポートすることはさして苦ではありませんでした。ダベった内容を先に書かれてしまうので、こちらが書こうとする時はそこを避けなければならなくなるのは困ったもんだということもありましたが、知らず知らず、こっちも先に書いていることがあったかもしれないので、これもおあいこです。

以上はあくまで「あるところまでは」の話です。

※2020年12月4日付「デイリースポーツONLINE」 この記事を読んで「エッ」と思ったのですが、渋谷区長選に立候補したことなんてあったっけ。そんなことがあったんだったら気づかなかったわけがないですが、ホントに興味をなくしていたんだと思います。

 

 

「話せばわかる」から「話してもわからない」に

 

vivanon_sentenceその「あるところ」について私が書いた文章があって、ざっと読んだのですが、その前後のことが思い出せないながら、電話で「そんなことを書いてはダメだ」と止めたにもかかわらず、宅八郎はもはや自分で自分をセーブできなくなっていて、「話してもわからない人」になってしまってました。

彼は筋を通そうとするためにあちこちとぶつかってしまうのですが、その筋がなくなりなりました。そうなると、ただのわがままです。

 

 

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