松沢呉一のビバノン・ライフ

変態は早咲きがいいのか遅咲きがいいのか—高嶋政宏著『変態紳士』[追加編1]-(松沢呉一)

高嶋政宏著『変態紳士』の追加編です。

 

 

 

 

遅すぎたSMとの出会い

 

vivanon_sentence『変態紳士』シリーズは猫町倶楽部用に書いたものなので、長くなると間に合わなくなると思って外したエピソードがあります。どっちみちもう申し込み受付は終了していたわけですが。

実のところ、読書会に参加する人が「ビバノン」を読む、「ビバノン」を読んでいる人が読書会に参加するという関係になっていないようで、ここに何を書こうとあっちに影響はなさそうです。

読書会とは関わりなく、「追加編」を続けます。

変態紳士』の第一章のタイトルは「遅すぎたSMとの出会い」です。この章以外でも高嶋政宏はSMに目覚めることが遅かったことを書いています。遅すぎるということはなく、いくつになっても目覚めればいいし、遅れた分を取り返すべく頑張ればいいといったことも書いていますが、同じことなら、他人の目を気にしてカッコつけていた時代は早くに終わらせたかったとの思いがあるようです。

初めてSMショーを観たのは彼が40代前半のこととあります。2007年くらいでしょうか。私はその頃には、その手のイベントや店にはあまり行かなくなっていたので、高嶋政宏が出入りしているという話も耳にしなたことはありませんでした。その頃にはテレビも観なくなっていたいのでプログレマニアがそんなことになっているとは全然知らずにいました。

たしかに今はインターネットでのアプローチが容易になっているので、20代からその手の店に出入りして肛門を拡大しているのもいますけど、高嶋政宏の世代としては、特別遅いわけでもない。

それより上の世代では、目覚めは早くても、この世界に足を踏み入れるのが遅く、定年退職後という人も少なくないものです。

こういうのは機が熟す必要があって、高嶋政宏も経験を積んだからSMに共振できたのかもしれず、20歳の時にSMショーに接していても、こうはなっていなかったのではなかろうか。アングラ情報に強い彼が、SMのことをそれまでもまったく知らなかったわけでもないでしょうし。

※2002年に教育史料出版会から『高嶋兄』というエッセイ集も出しています。自分を磨いて変態になりました。

 

 

遊んだ果てに行きつくのか、もともとあったものか

 

vivanon_sentence変態紳士』の中に、美少年と遊びたいので紹介して欲しいと言ってくる業界人たちの話が出てきます。SMもそうですが、しばしば遊びまくって通常のセックスに飽きて、そちらに行くと言われがちですし、高嶋政宏も美少年に向う人たちについてはそう解釈しています。

そういう人もいるのでしょうが、「同性愛は「同性を愛すること」ではなく「同性とセックスすること/したいこと」[下]」に書いたように、若いうちはベタな性欲が前に出すぎて、ただもう「セックスしたい」という方向で頭が支配されてしまうのが、歳をとるとともにその性欲が引っ込んで、その奥に隠れていた欲望が浮上してくると考えた方が私はしっくり来ます。

SMも、「突っ込みたい」から「突っ込まれたい」への変換は歳をとって性欲が衰えたところで生じることもありそうですから、歳をとることの意味はあるのです、きっと。

とくに高嶋政宏の場合は、遅くてよかったんじゃないでしょうか。すでに俳優としての揺るぎない地位を築いていた方がやりやすい。20代から公にしていたらただの変態、ただの色物になって、芸能人としては短命で終わっていたかもしれない。目覚めたところで何も今のように公にしなくてもよかったわけですけどね。

高嶋政宏は今も変わらずプログレも好きで、プログレとSMショーを合体させたイベントをやりたいとも語ってます。

よく知られている曲、歌詞が聴き取りやすい曲は前に出過ぎてイメージが広がりにくいために避ける人が多いと思いますが、SMショーの音楽に決まりはないので、それぞれ好きな曲、それらしい曲を選んだり、作ってもらったりしています。

実際にプログレを使っているショーは記憶にないですが、プログレでも問題なし。

 

 

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