松沢呉一のビバノン・ライフ

プロテストもメディアも重要、その上での問題点—パンデミックの年を振り返る[5]-(松沢呉一)

シラクサ原則(the Siracusa Principles)に照らす—パンデミックの年を振り返る[4]」の続きです。

 

 

日本は民主主義の優等生

 

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法になっているわけではない日本において、マスクを強要するのはシラクサ原則の第一項に反します。シラクサ原則の主体はたとえば「政府」、たとえば「行政」、たとえば「警察」であって、民間企業がそうすることまでを否定したものではないでしょうが、その合意がないまま、マスクをしていないからと言って、当然受けられるサービスを受けられなくなるのは不当です。とくに公共性の高いサービスは(「騒いだのは乗客が悪いのだけれど、マスク拒否はそんなに悪いのか?—マスクよりもフェイスシールド[22])。

そのような一部の行き過ぎを除いて、日本では強制ではなく、自粛要請であったり、推奨であったりに留まったので、シラクサ原則に反するとまでは言えないでしょう。

持続化給付金から性風俗が外されたことや介護施設のケアが十分とは思えなかった点など、問題はさまざまあったにせよ、シラクサ原則にまっこうから反するようなことはしていないのではなかろうか。パチンコ屋の店名を晒すなどして実質強制に近いことをやった自治体があったことくらいか(「パチンコ屋を叩くより電卓を叩け!—新型肺炎(COVID-19)について触れにくい事情[30]」)。あれは訴えてもいいんじゃなかろうか。

その点において日本は民主主義において相当にマシな国です。

(夜間)外出禁止令、マスクの義務化、罰則を伴う営業時間の短縮、集会の禁止については、各国で訴訟が起きていますから、勝つケースも出てきそうです。司法が機能している国では、ですけど。

※英政府のロックダウンに対する訴訟をやっているグループのクラウドファンディング。すでに訴訟は起こしていて、最高裁が上訴を棄却したことに対しての争いをしていくための資金のようです。40万ポンドを超えているってことだと思うのですが、日本円で5千万円以上ですよ。とくに商売で大きな損害が生じた人たちは怒っている人たちが多いのだと思います。これも民主主義。

 

 

規制に反対するプロテストはすべて民主主義的

 

vivanon_sentence権威主義国家の中国でさえ、そうしているらしく(日本にいる中国人に聞いた)、営業については補償をしている国が多いでしょうけど、集会やデモに対する補償なんてないですから、全面的にデモや集会を禁じた国やエリアでは裁判で争う価値があります。

閉鎖された場所での密集した集会において、声を出したり、歌ったりすれば、感染はあるでしょうが、屋外となればリスクは下がる。まして、常に動いていて、歩くためには距離を置くしかないデモについては感染はほとんどない。体を密着させるジグザグデモならいざ知らず。ジグザグデモをする人たちはたいていタオルで口を塞ぐからいいのか。

そう考えるなら、集会やデモを禁止するのではなく、また、人数制限によって実質の禁止にするのではなく、集会は時間制限をし、マスクやフェイスシールドを着用することで集会の自由を侵さないことも可能だったはずです。シラクサ原則に照らせばそうなるはずです。

そうは言っても集会やデモのあとは打ち上げをやったり、メシを食いに行ったりしますし、酒飲んでセックスする人たちもいますから、感染の契機作りになってしまうことは否定できず、「集会やデモは禁止でいい」ということなのだろうと思うのですが、そこで踏ん張ろうとする人たちが少なすぎました。為政者側も国民の側も。

その点で、法に反していても、あらゆる屋外のプロテストは民主主義的。それがプランデミック派によるものであっても、国家主義者によるものであっても。

その上で、支持できるプロテストとそうではないプロテストがあって、陰謀論に基づく人々は、その内容において問題ではあって、事実に基づかない議論はそれ自体民主主義を脅かします。フリーダムハウスのカウントには入らないとしても、警戒はした方がいい。

※フリーダムハウス「Freedom in the World 2019」より、年度別民主化ポイントが増えた国と減った国

 

 

 

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