松沢呉一のビバノン・ライフ

日本版の翻訳ミスとオリジナルの発想ミス—「民主主義は後退していない」と主張するニューズウィークの記事を検討する[1]-(松沢呉一)

「パンデミックの年を振り返る」シリーズの番外みたいなものです。なんでこんなどうでもいい記事の批判にハマったのかと言うと、「ポストコロナのブロテスト」をここまでやってきたことが間違っていなかったことを確認する格好の素材だったからです。いわば私にとっては反面教師。こうなってはいけないと思って「ポストコロナのブロテスト」をやってきたようなものです。

これは昨年中にざっくり書いていたのですが、ただでさえ「ポストコロナのブロテスト」関連を読んでいる人は少ない上に、長くて読む人がいそうにないので、そのうちまとめて一気に出して葬る予定でした。しかし、米議会があんなことになったため、その部分を加筆して早めに出します。

 

 

民主主義は後退していないと言い張る人もいる

 

vivanon_sentence暮れに出した「パンデミックの年を振り返る」シリーズを書くために、パンデミックによる民主主義後退がどうとらえられているのかについての記事に目を通していたところ、中には「後退していない」と主張する例外的な記事もありました。

ほとんどすべての論者が「民主主義は後退した」とした上で、どこがどう後退したのか、それをどうとらえるのか、どう修復するのかを論じている中、もしかすると、誰もが気づいていない視点を持っているのではないかとの期待もあって読みましたよ。

11月のものです。

 

 

2020年11月19日付「ニューズウィーク」日本版

 

 

うっすい記事でした。いいなあ、こんな思いつきを並べただけで原稿料をもらえる人。

気持ちはわかるのです。私も他人が見えていないものを見ようとする気持ちが強いですし、この記事で筆者が言いたいのは、たとえば「プロテストは民主主義的。そのプロテストがロックダウンによって世界各国で起きている。万歳」ってことです。その視点は私も共有しているところはあるのですが、「ホントにそうか?」の自分ツッコミがこの筆者は欠けています。

皆さんこれを読んで、自分の考えをまずまとめてみるといいと思います。

「ビバノン」の読者で「この記事の通り」と同意した人はまずいないと思いますが、もしいたら、「ポストコロナのプロテスト」を最初から全部読み直せ。「ポストコロナのプロテスト」で取り上げた国は20カ国にも満たず、それまでに取り上げた国を合わせても30数カ国程度でしょうけど、世界で起きているプロテストのポイントは相当にフォローしてようかと思います。

その蓄積を経てから見ると、このニューズウィークの記事はあまりに軽々しい。あらゆる点が軽々しい。

こんなもんは批判するほどのものでもないのですが、おそらくプロであろう物書きでもこの程度の認識の人がいて、まして一般にもこういう軽々しい考え方をする人は少なくないことが想像できるため、問題点を挙げておきました。

 

 

「後退」と「崩壊」は別の言葉

 

vivanon_sentenceいくつもの点で「おかしいべ」というところがあるのですが、そのひとつは用語です。

「コロナで民主主義が後退する」という予想が当たらなかった3つの理由というタイトルになってますが、本文では以下のようになってます。

 

パンデミックは当初の予想どおり、または予想以上に深刻になっている。だがうれしいことに、民主主義の崩壊を予測した人々(私もその1人だ)は間違っていた。

 

「崩壊」になってます。「後退」と「崩壊」では大違い。

フリーダム・ハウスの評価で言うなら、今まで民主主義国家だった国々がすべてポイントを下げて40点を切って、民主主義ではないとされるような事態は世界の民主主義の崩壊。

具体的には世界の民主主義国家が選挙制度を廃止して独裁制にして、報道の自由や集会の自由を制限し、それに反したら即刻刑務所に送り、少数民族は法に反していなくても収容所に送り込むような国家になるってことです。

そこまでいかずとも70点を切ってボーダーの領域に入っても崩壊と言っていい。

対して「後退」は今まで90点だった国が89点になっても使用できます。全体の合計数が少しでも下がったら世界の民主主義は後退。フリーダム・ハウスが14年連続で世界の民主主義が後退していると言っていたのはそういうこと。

多くの国で民主主義は後退したとは言え、「崩壊」と言っていいところまでは至ったのは香港くらいでしょう。しかし、香港がああなったのは中国の既定路線であって、コロナに話題をもっていかれて国際的批判が高まらなくなり、ロックダウンによって各国の中国大使館に対する抗議等ができにくくなったくらいのことはあっても、パンデミックによってああなったと言えるのかどうか。

エチオピアは何がどうなっているのかわからないのでペンディング。

そう考えるとたしかにパンデミックが原因で民主主義が崩壊まで至った例は今のところ私も知らない。

しかし、タイトルは「後退」であり、後半でもこの言葉を使っています。

著者のジョシュア・キーティングというのがどういう人か知らないですが、こんないい加減な言葉遣いをするかなあ。ただの後退でも、雑誌が大げさに煽るためにタイトルや見出しで「崩壊」を使うことはありそうですけど、意図した修辞でもなさそうです。

ここだけではないのですが、気になることが多数あるので、原文を確認しました。

フリーダム・ハウスによる中国の自由度は100点満点で10点

 

 

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