大晦日に東京の全銭湯制覇を達成—新・銭湯百景[6]-(松沢呉一)
「新年早々借金と自殺未遂の話—2021年の抱負(なんて立派なものはもうないけれど)[6]」の続きです。
最後の一軒「燕湯」へ
例年、年末年始はどこの銭湯に行くのかの計画を立てるのが年の瀬の恒例行事でした。
多くの銭湯は大晦日も営業し、2日または3日から新年の営業で、年を通して2日3日だけは朝湯を実施するので、中でも外光がよく入る銭湯を選択します。木造の方が失敗がなく、隣に大きな建物がないとなおのこといい。
湯気抜きから入り込む朝の光の中を湯気が上っていく光景を見ながらの熱い湯は格別です。
しかし、昨年末はこの楽しみがありませんでした。行っていない都内の銭湯はあと一軒残されているだけ。そこに行ってしまうと、生きている楽しみがなくなってしまうため、大事にとっておこうかとも思ってました。
その上、気分の低迷で、銭湯のことを考えてワクワクするような状態でもない。
しかし、毎年同世代の知人らが亡くなっていく中、私もあとどれだけ生きてられるかわからないと考えることが増えています。宅八郎の死を突き放すように書いてましたが、なんのかんの言っても同世代であり、それなりには深い親交がありましたので、ボディブローのようにじんわりと脇腹に効いてきてます。
とっとと今年のうちに終わらせるかと30日の夜に急に思い立ち、大晦日に行くことにしました。
御徒町の燕湯です。燕湯は湯温が都内でもっとも高いと聞いていて、最後まで残していました。もし先にここに行ってヒートショックで死んでしまったら、銭湯制覇ができなくなってしまうじゃないですか。でもこれで終わりなので、ヒートショックで死んでも思い残すことはない。
※「わ」の看板がかかっています。たまーに見かけますが、銭湯だけで使う「営業中」の看板です。「(湯が)わいた」の「わ」らしい。暖簾もオリジナルで、いい面構えです。
高温との闘いのはずだったのだが
ここは毎日朝の6時からやっています。土日に朝風呂をやっている銭湯は他にもありますが、平日朝6時からいつもやっている銭湯は都内に5軒くらいしかないでしょう。羽田の入船湯は昨年廃業しましたし。
朝の方が熱いという話だったので、午前9時台に着きました。
上野には時々行っていて、ついでに御徒町に行くこともありますが、駅からすぐ近くなのに、この通りを歩いたことがない。とくに何かがあるわけでもない場所ですから。
そのロケーションも、新しめのビルに囲まれた中にある古い温泉旅館のような建物も、最後に相応しい格を感じます。
マンションスタイルでも見られる建築方式ですが、正面から見える2階と3階は脱衣場の上に建っていて、洗い場は通常の木造銭湯で、天井が高い。
一年の疲れと垢を落とすべく、大晦日の銭湯は常連さんが出揃って混むのですが、時間が早いので、洗い場の客は6、7人といったところです。
ふたつ浴槽があって、小さい方は「深いところが熱くなってます」といった表示が出ていて、先に大きい方に入りました。あれ? 44度くらいだと思います。これでも入れない人がいるかもしれないけど、「普通」と言っていい範囲の湯温です。こっちはこの程度にしているのでしょう。
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