松沢呉一のビバノン・ライフ

ソープランドの知恵を飲み屋に活かす—緊急事態宣言に抗する[1]-(松沢呉一)

新年早々借金と自殺未遂の話—2021年の抱負(なんて立派なものはもうないけれど)[6]」からゆるくつながってます。

 

 

一人一人が考えて緊急事態宣言を迎える

 

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また緊急事態宣言かよ。しかも、飲食店にターゲットを絞った嫌がらせかよ。

厚労省は、感染場所別の死亡者数を出してくれないかな。自宅、病院、介護施設が上位に並び、死亡者数で言うと飲食店は上位にならないんじゃなかろうか。飲食店の店舗数や利用者数は多く、その分、クラスターが発生している数が多くても、死にやすい層が利用する施設はなんと言っても病院と介護施設ですから。

いや、私もわからんのですけど、わからんから知りたい。問題は感染者数より死亡者数なんだから、こういうデータを出して公表して欲しい。病院や介護施設で感染した死亡者が多くとも、営業自粛はできないわけですが、対策の力点をどこに置くべきかは見えやすくなります。

でも、日本はいい国なので、要請に従わなかったからと言って刑事罰があるわけではありません。それぞれにできる対策をやった上で、それぞれに判断して営業を続けてもいいと思えばそうすればいい。

閣僚自らが会食を続けて、「建前は建前、本音は適当でいいってことだよ」というメッセージを発していますから、飲食店もそうしましょう。

客も同様です。「路面店でもないビルの中の飲み屋は換気ができないので危険だろ」と思う人は行かなければいい。私も避けますが、行きたい人は行けばいい。

ただマスクをすれば安心というのではなく、個々人が「何をやったらどの程度のリスクがあるのか、そのリスクを低減するにはどうしたらいいのか、どのくらいのリスクまで落ちれば自分は容認できるのか」をひとつひとつ考えるべし。そうすればマスクだけではなお不足しているという判断も出てきます。

当たり前のことを言っていて自分でもイヤになりますが、それができないから、こうなっているわけです。この時くらいは「周りの人がそうしているから」ではなく、自身の判断をすることが大事です。そうすれば自分の判断とは違う他人が気にならなくなります、たぶん。現に人によって判断は違って、「あの人はあの人の判断をしているんだな」と認めればいい。私はそうです。

その上で、ベッドが飽和しないように、感染したら病院にはできるだけ頼らない。同居人がいる人は家の中でどう感染しないかを予め考えておく。自宅は狭くて無理なら、家族がどこか別のところに移動する。

そこまで考えて行動したい。

※2021年1月6日付「NHK NEWS WEB

 

 

自分は判断できているかどうかを確認する

 

vivanon_sentence自分で判断することができにくい人は、試しにマスクをずっとつけるのではなくて、「この場は必要かどうか」をいちいち考えてはどうか。

そのうち出す記事で詳しく論じますが、当初は屋外では感染しにくいとわかっていなかったかのようなことを書いている人がいます。1月くらいはそうだったかもしれないけれど、そんなことはすぐに明らかになって、だから私も「散歩するのにマスクがいるはずがない」と言っていたわけです。

なのに外出時はつねにマスクをしなければならず、それに反すると罰金になったり、晒しものにされたり(これは中国くらいだと思いますが)、殺されたりするのはおかしいって。その点、日本はマスクするかしないかを個人が判断できるいい国です。

マスク使用率の低い私でも、大晦日のアメ横ではマスクはしてました。空いている山手線ではマスクをしなくても(帰りはそのまましてました)、アメ横ではする。

常に動いてますし、屋外ですから、人が多くても、室内のコンサートや宴会とはワケが違いますが、それでも人と体が接するくらいに混み合っていましたから、マスクをする。

 

 

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