松沢呉一のビバノン・ライフ

意識が無意識に勝つ時・無意識が意識に勝つ時—男の名前・女の名前[10]-(松沢呉一)

コロナ禍で変化する人間関係と単純接触—男の名前・女の名前[9]」の続きです。

 

 

 

「昔はよかった」も単純接触効果で説明可能

 

vivanon_sentence売れるものはいよいよ売れる現象も単純接触効果で説明がつきます。「売れる→話題になる→目に触れるために好感度が高まる→なおのこと売れる」という循環。

繰り返し聴く音楽に好感を抱くため、懐メロを聞くと、「昔はよかった」になる理由も説明できます。昔がよかったのでなく、単純接触効果で愛着があるだけ。リアルタイムに聴いている頃はさほどいいと思ってなくても、時間の長さに伴う蓄積で好感も蓄積されてしまうわけです。

その蓄積のない若い世代に「昔はよかったんだぞ」といくら言っても通じない。それでも繰り返し聞かせているうちに、若い世代にも単純接触効果が生じますけど。

人間のこの習性を踏まえると、「人が着目しないところに着目する」よりも「人が着目するところに重ねて着目する」、つまりは二番煎じ、三番煎じを後追いした方が成功しやすい。多額の宣伝費を使えないものはとくにそうです。残念ながらこれが現実。

人間のあまりの単純さに嫌気が差しますが、それでも人間はウズラよりも複雑で、意識が無意識を抑制したり、凌駕したりもしますから、好悪の感情ももっと複雑な要因で決定されています。

現に私は知っているものに対しては「もう知っているよ」になってしまって面白いと思えず、知らないことに好奇心が刺激されますが、私がよく嘆いているように、人は知っているものがよく見えて、知っている人が正しく思え、知っているものに食いつく傾向があることは否定できないでしょう。

※長田美穂, 杉山真理, 小林茂雄「服装の好感度に対する単純接触の効果」 一般には着ない新奇な服装でも、繰り返し見せると好感を抱くようになるとの実験。テレビに出る人が繰り返し同じブランドのものを着ることによって、その人物に対する好悪を問わず、流行が作られていくことの説明になっています。1992年の論文なので、ちょっと古いですが、間違いなく今も同じ結果が得られるでしょう。

 

 

鼻歌で自覚できる自分の無意識

 

vivanon_sentence出方は違っても、私自身、そういうところがあることは自覚できます。無意識ですから直接に自覚できるのではないのですが、前にも書いたように、鼻歌ではしばしば懐メロが出てきます。あの時に出したハチのムサシは死んだのさ」は好きでしたから、口をついて出てくるのはわかるのですが、好きだと思ったことのない曲が出てくることもよくあります。

松山千春とかアラジンとかを口ずさんでいることに気づくと、「なんでだよ」って感じです。意識できないどこかからポコっと湧いて来てしまう。

売れた曲は好きであろうとなかろうと繰り返し耳にすることで刷り込まれてしまっているのです。

今だと、「夜に駆ける」とか。これは口ずさむというより、メロディが頭の中で響く。

 

 

 

 

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