松沢呉一のビバノン・ライフ

単純接触効果と潜在的エゴティズム—男の名前・女の名前[8]-(松沢呉一)

潜在的エゴティズム(implicit egotism)が明らかにしつつある人間行動—男の名前・女の名前[7]」の続きです。

 

 

 

潜在的エゴティズムとは?

 

vivanon_sentence人間は自分が好きです。自分が嫌いという人もいますが、往々にして「自分を嫌っている自分」は好きです。あるいは「嫌いなところがある」ってことに過ぎなかったりもします。嫌いなところ以外は好き。

それでも好きな程度には個人差がありますが、潜在意識下では「ほとんどすべての人は自分が好き」。生き物としては当然のことであって、自分はかわいいのです。

その結果、人はかわいい自分に似たものに惹かれます。それだけで決定されるわけではないですが、恋愛や結婚は、なにかしら自分との共通点を持つ相手を求める人が多いでしょう。まったく共通点がない人とは出会いにくいので、当然ではあるのですが、それを超えて共通点のある人たちが惹かれ合う。

「好きな音楽や映画が同じだった」「同じ町の出身だった」「仕事の内容が近いので互いに理解しやすかった」「食べ物の好き嫌いが同じだった」といった共通点を挙げられる人たちもいるでしょうし、「話が合う」といった相性として認識できる人もいるでしょう。

調査をすれば確実に「似た人たちが惹かれ合う」という傾向が数値に出るはずです。つうか、いろんな実験がすでにこの傾向を明らかにしています。

※スーザン・T. フィスクほか『社会的認知研究: 脳から文化まで』 前回出てきた小林知博教授は単著はまだないようで、これは共編著。長らくこういった本を読んでいなかったので、猛烈に読みたくなっています。

 

 

ウズラの恋愛傾向と人間の恋愛傾向

 

vivanon_sentenceこの傾向は動物実験でも立証されていて、ウズラか何かだったと思いますが、そのレベルでも、同じ親から生まれた近親を避けつつ、少しだけ遠い相手を好むのです。その選別ができない環境では近親でも遠い遠い相手でもいいとして、選別できる環境では、確かいとこくらいの関係が選ばれるという結果が出ていたはず。

人間にとっては、どの個体も同じにしか見えないですが、ウズラは自分と近いか遠いかの違いを見分けられます。これ自体、すごく不思議です。鏡で自分の姿形を確認するわけではないのに、何をもって「自分と似ている」と判断できるのでありましょう。見える範囲での視覚なのか、ニオイなのか、発声なのか。

これを読んだ当時もそこに疑問を抱いたのですが、論自体は「ありそう」と思えました。

 

 

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