松沢呉一のビバノン・ライフ

自殺者のイメージと現実のズレを修正する—サイレント・エピデミック[10]-(松沢呉一)

同じ国でも人種によって自殺率は大きく違うサイレント・エピデミック[9]」の続きです。

 

 

 

誰が自殺をしているのか

 

vivanon_sentence前回見たように、性別だけでなく、人種によっても自殺率は大きく違う。手持ちのイメージ(マイノリティは自殺しやすい)による手持ちの論(差別で自殺するのだ)と現実は違うことを示しています。

ここんところを強く戒めておかないと、コロナ禍の自殺の増減を正しく解釈できず、ノイズを発するだけになります。現にそうなっている人たちがいるのではないか、というのがこのシリーズの趣旨です。

たとえば米国の人種別自殺率の中で、アジア系の自殺率が昨年上昇していたからと言って(仮想ですからね)、他を差し置いて、かつ白人より自殺率が低いのに、増加したことだけを問題にし、「アジア人は差別されている」と騒ぐ日本人がいたらどうなん? すべてに通用する自殺対策を求めるのはいいとして、個別層の対策をするんだったら、飛び抜けて自殺率が高いアメリカン・インディアンに予算を使うべきだと私は思うのだけれど、間違ってますかね。

日本においてもそういう層が存在する可能性があります。前回も触れたように、同性愛者やトランスジェンダーです。そこに予算を使うべきでは?

なんにせよ、データを見て正確な解析をすることが必須であり、最優先課題であって、それもせずに適当なことを言う人々は信用されるべきではないでしょ。

データを見ずに語ることの怖さをしっかり認識するために、日本で自殺する人がどういう人たちであるのかをくっきりと想像してみてください。学校でいじめられた中学生や高校生、過重労働で精神を病んだサラリーマン、家事や育児で追い立てられる母親などがイメージされるでしょう。そういった人たちがいるであろうことはもちろん否定できないのですが、多数派ではありません。

以下は「自殺対策白書」から、「職業別の自殺者数の推移」。

 

 

これは率ではなく実数です。そのため、母数が大きく違い、単純比較はできないですが、無職が飛び抜けて多い。この無職には仕事をしていない老人層が入るので、母数も多いのではありますが、老人層の自殺の多さ自体、仕事をしていないことが影響している可能性がありそうです。

 

 

自殺したと知られない人たちがもっとも自殺している

 

vivanon_sentence無職の内訳を見ると、失業者よりも年金・雇用保険等生活者の方がずっと多くて平成27年度で6倍の開きがあります(下の表参照)。

失業保険が出ている間は不安はあれども生活はできているので、そちらのグループに入れられて、「失業者」から外されています。「失業者」は雇用保険がない条件で失業した人、雇用保険の支給が切れてなお職がない人たちのうち、働く意思のある人たちです。

年金・雇用保険等生活者と同程度いるのが「その他の無職者」です。働く意思のある失業者と違って働く気のない人、働けない人です。

例えば引きこもりのような人々がここに入りますし、そこと重複して、鬱病の人、アルコール依存症の人たちもここに多数入ってます。

もっとも不安定であり、もっとも不安を抱えており、死に近い層です。数で言えば「日本の自殺者」としてイメージすべきはこの層であり、この層の変動が全体に大きく影響します。

 

 

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