帆立味のポテトチップス—男の名前・女の名前[付録編9]-(松沢呉一)
「姓だけで呼ぶ習慣が女の研究者や表現者を不利にしている可能性を示唆する実験—男の名前・女の名前[付録編8]」の続きです。
土左衛門さんの著書に出てくるミス
ここまで見てきた「著名な人を姓だけで呼ぶ習慣」についての論文は、「いかに人間は些細なことで評価を変えるのか」を明らかにするものでもあり、無意識にこれがなされてしまう。その点で「単純接触効果」や「潜在的エゴティズム」にも通じる内容でした。
では、次の話。
誰が誰の本について語った話かがわかると、あんまりよくないことになりかねないので、すべて曖昧にしておきます。
知人とある人物について語っていた時のこと。知人も私も面識はないながら、存在はよく知っている人物です。つまりはちょっとした有名人です。その人物を土左衛門さんとしておきます。
彼はこう言います。
「土左衛門さんの本を買って途中まで読んだのですが、どうしてもひっかかるところがあったので、その先を読めませんでした」
どういうことか気になるじゃないですか。
彼は電子書籍でその本を購入していて、その場で該当部分を見せてくれました。
「あー、これはないね」
彼がその先を読めなかった理由を理解しました。
※ほたて味のポテトチップスは北海道深川市の深川油脂工業が早くから出していたようで、北海道のコンビニでは扱っていたのかもしれない。
帆立味はすべておいしい
具体的なことを書くとすぐにわかってしまうので、別の話と置き換えます。
セブンイレブンのオリジナル商品である帆立バターしょうゆ味のポテトチップスを「ローソンの帆立バターしょうゆ味のポテトチップス」と書くのは間違いです(セブンイレブンの帆立バターしょうゆ味のポテトチップスはすでに発売中止ですが、ある段階までコンビニで帆立味のポテトチップスを売っていたのはセブンイレブンだけだったと思います。自信がないのだけれど、あくまで例なので、そういうこととして話を進めます。あくまで例のわりにタイトルと言い、図版と言い、扱いが大きいですが)。
間違いだけれども、「私はローソンの帆立バターしょうゆ味のポテトチップスが好きだ」と書いただけならただのうっかり。セブンイレブン関係者はムッとするでしょうけど、利害のない人たちにとってはたいした問題ではありません。
買いに行ったら売ってなかったといったトラブルの元になるので、もうちょっと問題だけれども、「編集者はしっかりしろ」「校閲は何している」という話であって、間違えた張本人である著者の評価が落ちることはあんまりない。土左衛門さんの専門分野ではないし、こういう間違いは誰にでもあることで、私もよく秋山理央に指摘されています。
そのため、著者よりも、それをチェックするために存在している編者者や校閲者の責任の方が重く感じられます。
しかし、「私はローソンの帆立バターしょうゆ味のポテスチップスが好きなので、ローソンを贔屓にしていて、他のコンビニには行かない」と書いていたら、ただのうっかりではなく、この文章全体が疑わしくなり、場合によっては、「この著者は信用できない」というところにまで至ります。
これは高井としをが「アインシュタインの講演を聴いた」という話にも近い。その間違い自体は起こりえるかもしれないけれど、そこから展開した先の話までが作り話であったことになって、著者の信頼度を落とし、本全体の信頼度を落とし、版元の信頼度も落とします。
歴史的事実に関わるような話ではなく、また、セブンイレブンとローソンのように事実関係が違うという話でもなくて、土左衛門さん自身が勘違いをしていた(今もしているのかも)というだけなので、もっともっと些細ですけど、そういう間違いが土左衛門さんの本にもあったのです。
※セブンイレブンの「帆立バターしょうゆ味」のポテトチップスはカルビーとの共同開発で、本年2月1日からカルビーが「帆立バター味」のポテトチップスを販売しているので、セブンイレブンが販売中止にしたのはこのためかもしれない。
なぜ見逃されたのか
「どうして編集者や校閲は見逃したんだろう」と私は不思議に思いました。大手出版社の本ですから、著者と編集者と校閲は目を通しています。場合によってはデスクや外部の校正者も目を通しますが、少なくとも3者が読んでいるわけです。
専門家しかわからないようなミスではなく、知人はあっさり気づき、私も即座に同意したような内容です。「本人がそう思い込んでいるのは事実なのだから、そのままでいい」という考え方もなくはないのだけれど、著者の恥になることなので、通常は直すはずです。
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