松沢呉一のビバノン・ライフ

姓名の省略で混乱が起きるケース—男の名前・女の名前[付録編7]-(松沢呉一)

女の著名人より男の著名人を姓や名前だけで呼ぶ傾向—男の名前・女の名前[付録編6]」の続きです。

 

 

アブラハムの子

 

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アブラハムには七人の子 みーんな仲良く暮らしてた」って曲があるじゃないですか。なぜか高校の時に流行りました。

 

 

私の記憶とは「チビ」の音程が違っていて、振り付けもちょっと違ってます。こういうのは拡散されていくうちにさまざまなヴァージョンを生むのが常です。

私らがやっていたのはこの動画のようにひとつひとつ動きを重ねていくのではなく、それぞれ単独でやっていって、最後に「全部一緒に」とやって体がバラバラになって崩壊するという破滅型ヴァージョンで、動きがグチャグチャになったところで爆笑して終わります。崩壊のカタルシス。

この曲はYMCAでやっている曲というのは聞いていたのですが、「アブラハムの子」というタイトルであることは今知りました。アブラハムになっているのはエイブラハムで、てっきりリンカーンの子どものことだと思ってましたが、Wikipediaによると、これが誰を意味するのかは謎らしい。

これがリンカーンのことだとすると、「通常は姓だけになる政治家の名前が、親しみのある場合には名前だけになる」あるいは「政治家でも家族をクローズアップする場合には名前だけになる」という格好の例だと思ったのですが、違っていたみたいで、私の論は崩壊しました。

 

 

名前を省略する時の混乱

 

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前回書いたような例では迷うこと、悩むことはまずない。世間一般略す時のルールが安定しているためです。対して「著名人でも家族をクローズアップする場合には名前だけになる」という法則は時に混乱を引き起こします。

外国人、著名人、肩書きのある人といったいくつかの事情から姓だけで呼称されるようになった人の家族について書く時は名前だけになります。

「欧洲大戦当時の独逸」シリーズもそうなっています。「花子が伝えたかったことは…—ベルツ花子の見た日本とドイツ[8](最終回)」の冒頭。

 

ベルツと花子の息子である徳之助(独名はToku)も兵士として戦地に行っており、フランスのドイツ占領地に赴き、当初は7名の同期がいたのに、徳之助以外は全員戦死。ベルツの甥も戦死しています。徳之助は戦後まで生き残りますが、イタリアで捕虜になり、脱走を試みて捕まっています。

 

ベルツは「ベルツ」で定着していますから、ベルツはずっとベルツです。妻のベルツ花子は何度か「ベルツ花子」としていますが、もっぱら花子。息子はずっと徳之助。

この場合はベルツがデフォルトのために、そうなるのはやむを得ないし、外国人なので、こうなっても不自然さはありません。

 

 

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