松沢呉一のビバノン・ライフ

台湾「鮭の乱」と名前自由化の動き—男の名前・女の名前[19](最終回)-(松沢呉一)

「男女平等のパラドックス」と北欧における子どもの命名—男の名前・女の名前[18]」の続きです。

このシリーズはまだまだ続く予定で、先々まで書いてあったのですが、長くなり過ぎたのか、「潜在的エゴティズム」の話が難しかったのか、間を開け過ぎたのか、読む人が激減してしまったので、ここで無理やり終わらせて、残りは「付録編」と出していきます。「鮭の乱」で〆るのはいいカンジです。

 

 

 

北欧の命名規範

 

vivanon_sentence北欧諸国での子どもの命名規範はヨーロッパの中でも保守的な部類になります。父親の名前を引き継いだ上に、男女を明示する接尾辞をつける伝統があり、男児が女の接尾辞をつけることはできず、女児は男の接尾辞をつけることができないことが法制化されていました。家族と性別が名前に強くつきまとう。さらには慣習的に使用される名前は決まっていて、男女とも聖書を背景にしたパターンしかない。宗教もつきまとう。

この法が改正されたのは1980年代以降であり、アイスランドでは現在も維持されています。他の国では、法律上は「他者を不快にさせるような名前」を除いては命名が可能になっているのですが、慣習は残っていて、とくに男女の明示はなお崩れていません。

スウェーデンで完全な男女平等を達成するにはあと50年かかると言われているのは名前の慣習を踏まえているわけではないでしょうけど、商品を選択する時、パートナーを選択する時に名前が影響する程度には、あるいはそれ以上に個人の名前が男女平等の妨げになっていると想像することはそう無謀ではないでしょう。

これに抗するには、女王様になって弱さをアピールしない名前をつけるか、不良ラッパーになってジェンダー・ニュートラルな名前をつけるしかないわけですけど、昔から私が主張しているのは幼名制の復活です。

「私は何者であるのか」を明示する名前が、自身の意思とは無関係につけられることに対しての疑問があって、だったら、どこかの段階で自分で名前をつけ直せるようにすればいい。納得している人はそのままでいいとして。

※2019年7月22日付「ICELAND REVIEW」 他の北欧諸国ではすでに改正されていますが、アイスランドではなお維持されていて、この記事は性別の登録を男でも女でもないXとして登録できるようになったことに伴い、その場合にのみ、男女を明示する名前をつけなくてよくなったことを報じるものです。つまり、X登録した人以外は引き続き男か女かを明示する接尾辞をつけなければならないのです。ビックリでしょ。「法で」というところがビックリですが、では、この日本では、個人の感覚はここから逃れられているのかどうか。

 

 

台湾で「鮭の乱」勃発!

 

vivanon_sentence今でも改名はできるわけですが、条件が厳しいので、「好きじゃないから」「自分らしくしたいから」では通りにくい。これを改正して、理由を問わず、本人の希望があるだけで改名できるようにすればいい。

名前の同一性が揺らぐのは好ましくないかもしれないので、たとえば16歳の誕生日を迎えてから期間を定めて、その間の申請については通常の名前通りに「不適切とされる名前」を除いて、無条件に改名を受け付ける。

16歳という設定は「自分で判断ができる年齢」であるとともに、「公的性質を持つ資格や免許、登録、契約」などが16歳以降は始まってしまうためです。全部書き変えなければならないので煩雑になりますし、社会的責任が始まって以降は、責任所在が曖昧になりかねない。

16歳だと受け狙いをするのが出てきて後悔しそうなので、何歳になっても戻すのは可として、それ以外の改名は今まで通り。「戻せるのだから」としていよいよふざけるのも出てきそうですが、そのくらいいいでしょ。損をするのは自分です。

かつての幼名制の復活と考えていたためにそういう条件にしていたのですが、この3月に台湾で勃発した「鮭の乱」(鮭魚之亂)で、台湾では回数制限はあっても、簡単に改名できることを知りました。

「鮭の乱」はWikipediaにも項目ができていますが、台湾に進出したスシローが、「鮭魚」の二文字が名前に入っている人は本人だけでなく同伴者も5名まで無料とするキャンペーンを開始。わずかには鮭や魚を名前にしている人はいるらしいのですが(一文字の場合は割引)、スシローとしてはまさか改名まではしないだろうと思っていたら、台湾では3回まで改名が可能であり、手続きも簡単で、数百名が改名をする騒動に。

 

 

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