松沢呉一のビバノン・ライフ

売るための虚偽も厭わない版元と翻訳者—V.E.フランクル著『夜と霧』[3]-(松沢呉一)

「解説」が採用している怪しい証言—V.E.フランクル著『夜と霧』[2]」の続きです。

 

 

 

みすず書房社長のインタビューで再度愕然とした

 

vivanon_sentence解説の飛ばし読みを含めて、『夜と霧』を読み終えて、ざっとこの解説の問題点をまとめたあと、「ここまで欠陥があからさまなのだから、さすがに批判が出ているだろう」と思って検索したら、以下がひっかかりました。

 

 

2017年12月30日付「新刊JP

 

みすず書房の守田省吾社長のインタビューです。私の疑問は間違っていなかったことが確認できると同時に再度愕然としました。

この本は著者の意向を無視し、虚偽を紛れ込ませて、売るためのセンセーショナルな作りがなされた本であったことを守田社長自らが語っています。

初版が出た時の売り方について守田社長はこう言っています。

 

みすず書房が出した新聞広告を見ると、『ナチの強制収容所に一家ひとくるみ囚えられ、両親妻子ことごとくガスかまどで殺されつつ…』とセンセーショナルに書かれているんだけど、当時彼に子どもはいなかったし、両親がガス室で…というのも嘘でね。当時はこういう衝撃的な文句で広告を出していたんです」

 

これは当時の広告に留まるものではありません。

妻が収容所で殺されたことはフランクル自身が書いていますが、訳者あとがきにはこうあります。

 

少壮の精神医学者として属目され、ウィーンで研究を続けてきた彼は美しい妻と二人の子供にめぐまれて平和な生活を続けていた。しかしこの平和はナチスドイツのオーストリー併合以来破れてしまった。何故ならば彼はユダヤ人であったから。ただそれだけの理由で彼の一家は他の人々と共に逮捕され、あの恐るべき集団殺人の組織と機構をもつアウシュヴィッツへ送られたのである。そしてここで彼の両親、妻、子供はあるいはガス室で殺され、あるいは餓死した。彼だけがこの記録の示すような凄惨な生活を経て生きのびることができたのである。

 

二人の子供にめぐまれて」はまったくの虚偽なのです(両親については「不正確」とすべきか。これについては後述)。版元と訳者の共同による売るための虚偽。

「子どもがいることにしてガス室で殺してしまうのはどう?」「いいですね。どうせだったら2人にしておきますか」と話し合ったんでしょうね。よくできるなと思います。

金のためにアウシュヴィッツを利用してウソをつけることに愕然としました。いかに売れるのだとしても、存在しない子どもをナチスに殺されたことにできる版元も訳者も私は信用できません。

「ナックルズ」やエロ本だったらまだいい。それでも私はやらないけれど、どうやってもそれらのメディアでは影響力はないので歴史の捏造には至れない。

さすがにフランクルの文章には手を加えていないとは思うのですが、これができる人たちは倫理が欠落していると私には思えますので、本を売るため、つまりはゼニ儲けのために、どこまで何ができるのか、私にはわかりません。

 

 

タイトルもパクリ

 

vivanon_sentenceたしかに、昭和20年代から30年代には、ひどい作りの本が多数出ています。この本はその時代を色濃く反映したものです。

守田省吾社長はタイトルについてこう説明しています。

 

 

ちなみに日本語版タイトルの『夜と霧』の由来は、1955年にフランス人映画監督アラン・レネが撮影した同名の短編ドキュメンタリー映画にある。

この映画は、ナチスによるアウシュヴィッツ強制収容所におけるホロコーストを記録するドキュメンタリー映画で、フランクルの本とは全く内容が異なる。しかし、残虐なシーンを含むこの映画は当時、日本において「輸入禁止」扱いされ、話題になっていた。

「みすず書房は、その話題に乗じてタイトルを“拝借した”ということです」と語るのは守田氏だ。

「もし、当時の編集長が『夜と霧』というタイトルをつけず、そして解説も資料も載せない作りにしていたら…今のみすず書房はどうなっていたか分からない。そのくらい影響力の大きな本です」

 

タイトルもパクリ。著作権を侵害するようなものではないとしても。

 

 

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