人脂の石鹸は実在したっぽいが、ホロコーストとは無関係—V.E.フランクル著『夜と霧』[付録編6]-(松沢呉一)
「ふたたびイルゼ・コッホ—V.E.フランクル著『夜と霧』[付録編5]」の続きです。
ユダヤ人の脂で石鹸を作ったという話の真偽
検索していただくとわかりますが、「イルゼ・コッホは強制収容所の収容者の皮でランプシェイドを作っていた」という根拠の薄いヨタとともに、今なお「ナチスは強制収容所の遺体から石鹸を作っていた」という話をまことしやかに書いている人たちがいます。収容所、ホロコースト、ユダヤ人にからめているものについては都市伝説の類と断じてよさそうです、ただし、収容所、ホロコースト、ユダヤ人とは無関係に遺体から石鹸は作られた事実はあります。
これについては複数の研究者や機関による調査が行われていて、ポーランドの歴史学者であるヨアヒム・ネアンダー(Joachim Neander)による論文 「The Danzig Soap Case: Facts and Legends around “Professor Spanner” and the Danzig Anatomic Institute 1944-1945」はネットで無料で読むことができます。英文PDFですが、「事実はどうだったのか」だけでなく、「なぜこのような話が広まったのか」まで検証していますので、暇な方はお読みください。
また、ポーランド、ラトビア、ハンガリー、クロアチアなどの研究者によるホロコーストに関する長大な論文集『KONFEREN U MATERI LIČ Ā20 –20115』に、ハンガリーにある中央ヨーロッパ大学 (Central European University)の研究者オルガ・カタルショワ(Olga Kartashov)「The Soap Myth of the Holocaust. The Old Story and the New Speculations.」が掲載されていて、これもヨアヒム・ネアンダーと同趣旨の内容で、これによると、オークションサイトeBayに「収容所の人体で作られた石鹸」が売りに出されることがあるそうです。
おそらくRIFの刻印が入った石鹸のことでしょう(下記参照)。RIFの石鹸はこの話と無関係である上に、石鹸に刻印を入れることは容易ですから、偽物も出回っていそうです。金を儲けるために、実在しない子どもを捏造して殺されたことにできる翻訳家や出版社が実在するのと同じく、金を儲けるために石鹸を偽造することができる人はいるでしょう。どっちもゲスいですが、影響力を考えると、出版物で虚偽をばらまく方が悪質です。
RIFの石鹸は人脂とは無関係
人脂石鹸に類する都市伝説は古くからありますが、ドイツに関しては第一次世界大戦の際に、英国とフランスがドイツに対するネガティブキャンペーンのために創作したのが始まりのようです。
ベルツ花子が詳細に記述していたように、ドイツは戦中物資不足に悩まされ、これがヒトラーの生存圏という発想となって東方侵略の根拠になっていくわけで、「ドイツ人はそこまで物資不足」「ドイツ人はそこまで残虐」というキャンペーンを信じる人たちが多かったのだろうと思われます。
第二次世界大戦時には、ドイツ捕虜収容所および強制収容所内でこの噂が広く流通し、RIFのロゴが入った石鹸は人脂製だと信じられていきます。
RIFは石鹸の製造・流通をする政府機関であるReichsstellefür Industrielle Fettversorgungの略だったのですが、Rein Jüdisches Fett(純粋ユダヤ人脂肪)の略であるとまことしやかに語られていきます。IがJに変換されていますが、ドイツ語のjは英語のy発音で、ヘブライ語でも j発音はないようです。何かそこに変換の理由がありそうですが、調べてもよくわからんかった。
※「Tajemnica profesora Spannera」 ポーランドのサイトより、ルドルフ・スパナー(下記参照)。このサイトではあたかも収容者で石鹸を作ったように扱われていますが、新事実が出てこない限り、巷間言われている意味での石鹸製造は根拠なき噂だとしてよさそうです。
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