松沢呉一のビバノン・ライフ

デマの流布が「ホロコーストはなかった論」をサポートする—V.E.フランクル著『夜と霧』[付録編7]-(松沢呉一)

人脂の石鹸は実在したっぽいが、ホロコーストとは無関係—V.E.フランクル著『夜と霧』[付録編6]」の続きです。

 

 

なぜ「ユダヤ人の遺体で石鹸を作った」とのデマが拡散され続けているのか

 

vivanon_sentenceドイツにおいては占領下の脱ナチ化の中では好都合なデマであり、むしろこれを否定することの方が忌避されたことは想像に難くない。「ナチスを擁護するのか」と叩かれて終わる。

ポーランドでは人気作家だったゾフィア・ナウコウスカ(ZofiaNałkowska)がこの件をエッセイで取り上げて、学校でも採用されて信じられていきます。

フランスではアラン・レネが「夜と霧」で取り上げています。前回出した、首が切断された胴体と桶に入った頭部の映像はおそらく赤軍が撮ったダンツィヒ解剖学研究所のものでしょう。そのあと石鹸らしきものが映されています。

ソビエトは「ナチズムは資本主義が必然的に生み出したもの」と位置づけてましたから、人脂石鹸を産業化しようとしていたとの話は資本主義否定の文脈に合致し、これを事実として広めていきます。

それ以外の国でもナチス残虐展覧会で金儲けを狙う人々がこれを利用していきます。日本版『夜と霧』と闇が取り上げてないのが不思議なくらいです。ランプシェイドについては事実であるかのように断定して、フランクルの子どもを捏造したくせに。

※アラン・レネ監督「夜と霧」より、ホロコーストによる人脂石鹸だと思わせる流れで登場する画像。問題の石鹸グリースは薄片だったと証言している目撃者もいて、これはただの石鹸なのかも。

 

 

間違った情報を垂れ流すことがホロコースト否定派をサボートする

 

vivanon_sentence前回取り上げた論文 「The Danzig Soap Case: Facts and Legends around “Professor Spanner” and the Danzig Anatomic Institute 1944-1945」で、ヨアヒム・ネアンダーは重要な指摘をしています。

おそらく事実の検証をやる研究者やジャーナリストに対しては、どこの国でも「ホロコースト否定派だ」「ネオナチだ」「歴史修正主義者だ」というレッテル貼りをするアホどもがいて、「敵を利するのか」といった批判をするのもいるのだと想像できるのですが、ヨアヒム・ネアンダーは、間違った情報を垂れ流す人々こそが、ホロコースト否定派をサポートすると指摘しています。

ヨアヒム・ネアンダーが具体例を挙げているように、事実、ホロコースト否定派は人脂石鹸について捏造であると指摘しております。

この責任は「人脂石鹸と言っていいものをダンツィク解剖学研究所は実験をしていた。しかし、ホロコーストとは無関係」と事実に基いて検証する人々にあるのか? 責任は「ナチスドイツでは、ホロコーストで虐殺したユダヤ人の脂肪で石鹸を作っていた」「それを収容所の石鹸として使用していた」といった間違った情報を流していた人々にあることは歴然としています。

人脂石鹸が間違いだったからと言ってホロコーストがなかったことにはならないのですから、間違いがあったらすぐさま訂正すればいいだけ。新事実が出てきたらまたその時は訂正する。それをやらないからいつまでもつけ込まれる。

もちろん、些事とも言える事象についての間違いでホロコースト全体を否定する人々にも問題があって、一例をもって性風俗全体を否定する売買春否定論者と同じです。

 

 

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