松沢呉一のビバノン・ライフ

ドイツ人の本質も日本人の本質もおそらく大きくは変わっていない—セバスチャン・ハフナー著『ナチスとのわが闘争』[8](最終回)-(松沢呉一)

自分自身の内面がナチス化されていく—セバスチャン・ハフナー著『ナチスとのわが闘争』[7]」の続きです。

 

 

 

「私」を奪われる人々、好んで「私」を捨てる人々

 

vivanon_sentenceセバスチャン・ハフナーは、この研修において一人称単数の「私(イッヒ)」を奪われる体験をしています。「私たち」になります。この体験で著者は「仲間」を意識し、そのありがたさが身に沁みます。

しかし、夜中に一人目が覚めた時に「私」を取り戻します。

 

 

仲間は、戦争には必要なものである。それはアルコールと同様に、非人間的な条件下に生きなければならない人間にとっては、大きな慰めと援助の手段の一つである。仲間のおかげで、耐えがたいものが耐えられる。仲間のおかげで、死と汚れと苦悩に耐え抜ける。仲間は、麻痺させる。仲間は、あらゆる文明の財が失われたことを慰める。仲間は、この喪失を前提としているのだ。仲間は、恐ろしい必然性と犠牲によって神聖化される。

しかし(略)、仲間は悪徳となる。仲間がしばし幸福をもたらすからといって、このことがわずかでも変わるわけではない。仲間は、どんなアルコールも麻薬も及ばないほどに、人間を腐らせ堕落させる。仲間は、人間が独自の責任ある文明化された生活をする能力を失わせる。そう、仲間はまさに本来、脱文明化の手段なのである。だからナチスがドイツ人を導いて、どこででも仲間という偶像を礼拝するようにしたことは、他のいかなるものにもましてこの民族の価値を貶めたのだった。

 

 

この文章はまだまだ続くのですが、仲間は自己責任の感情を失わせるとも言っていて、主語を複数にすることによって、私の責任を免除します。免除されるわけがないのですが、免除されるように錯覚させ、また、それを聞いた人もまた錯覚するのがいて、この思考に慣れた人は主語を「私」として、自己の責任で決断し、行動する人の存在を邪魔者として排除していくわけです。「仲間でしょ」と。

この仲間を意味する軍隊の中での「我々」が人種という結合によって国家に拡大されたのがナチスであり、こうしてドイツ人たちはヒトラーのもとにホロコーストに邁進していきました。

著者はドイツ人は奴隷化されたと同時に「仲間化されている」と表現しています。一人称単数が奪われ、「我々」「仲間」「ドイツ民族」「アーリア人」が主語になります。この仲間化においてラジオが大きな役割を果たし、若い頃から仲間意識を作り出すためにヒトラー・ユーゲントが重要視されていました。

今もこの日本で、一人称を「私」にすべきところで「男」「女」「日本人」という主語を好んで使う人たちの内面をよく表しています。「私」の責任をとれない人々であり、「私」で語る人々を消したい人々です。

「女として売春は許せない」→「私は自分の意思でやってます」→「そう思わされているだけだ」という連中な。ナチス体制の理想を今の日本で好んで体現している全体主義者たちです。ナチスにもっとも近い人々であることは以下を読むとさらにはっきりします。

※セバスチャン・ハフナー著『ヒトラーとは何か』 これも読むしかなさそう。

 

 

疑問に対する結論

 

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「なぜドイツはああなってしまったのか」がナチスを考える人々に通底する問題意識であり、著者は内部にいた視点から、その問題の解答を考えています。

以下はプロローグから。

 

責任があるのは何かといえば——それは空気だった。匿名の、一〇〇〇倍にも感じられる周囲の雰囲気である。大勢が一致団結するということの吸引力と魅力。それは、自分をそのなかに投入する者には(たとえ彼が七歳の少年であっても)、いまだかつてなかったような感情を贈る一方で、外に留まる者を、寂しさと孤独という真空のなかではほとんど窒息させた。私は当時初めて、素朴な喜びを持って、またかけらほどの疑いや葛藤もなしに、わが民族の奇妙な天賦の才能が群集異常心理を形成していく作用を、感じとったのだった。(この天才はおそらく、個々人の幸福を目指す才能が劣っていることに対する補償なのだろう)。

 

プロローグに結論めいたことが書かれている構成になってます。

これは第一次世界大戦時に、7歳だった自分自身が熱狂したことを踏まえて書いたものです。ここ以外でもドイツ人は個人の判断で個人の幸福を求める能力に欠けているという話をたびたび書いています。つまりは個人主義が薄い。この補完として「群衆異常心理」を作り出す天賦の才能をドイツ人は得たのだと。

その中にいると気づきにくいのですが、著者はその後、国外に出る機会が増えて、フランス人やイギリス人との比較として、いよいよそれを実感するようになったことも書いています。

 

 

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