「私たちはみんなごまかそうとしている」とマルグレート・ボヴェリ—戦後間もなくのナチス本を読む際の注意[上]-(松沢呉一)
「ヒトラーやゲッベルスを軽視したのがジャーナリストたちの失敗—ゲッベルスは天才[8](最終回)」からゆるくつながってます。
なぜ「おかしな本」には偏りがあるのか
そのたびに指摘してきたように、ナチス関連の本を読んでいると、「この本、おかしくね?」と思わされることがあります。
なんでもかんでもイチャモンをつける人みたいで、自分でもイヤになりますが、『夜と霧』『ベルリン地下組織』『痛ましきダニエラ』『バラは散らず』は共通点があります。戦後間もなく出た本ということです。
誤植の類は今出ている本でもありますし、ちょっとした勘違いレベルの間違いはどうしたってありますが、「この本(この著者・この版元)は信用できない」にまで至るものは、ここ20年30年の間に出たものには今のところ出くわしてません。すべて古いものです。
「戦後すぐに出た本は本の作り方がいい加減」ということもあるにはあるのですが、ナチス関連にこうも集中するのは理由があります。
ノルベルト・フライ/ヨハネス・シュミッツ著『ヒトラー独裁下のジャーナリストたち』に答えがありました。
この本の「第三帝国のジャーナリスト」の章では、とくに優秀、とくに有名な人に限らず、この時代を象徴する存在である何人かのジャーナリストを取り上げています。
その一人目に登場するのは、マルグレート・ボヴェリです。「母性に基づく「女子供バイアス」は戦後のドイツに引き継がれ、現在の日本でも維持されている—V.E.フランクル著『夜と霧』[付録編10]」で軽く触れましたが、以下はそれ以降の話。
私たちはみんな、あなたたちをごまかそうとしている
「ベルリン日刊新聞」が廃刊になって、フリーになったのちに「フランクフルト新聞」に入社し、1940年米国に渡りますが、戦争が始まって敵性外国人として拘留されています。亡命はせずに帰国し、「フランクフルト新聞」に戻りますが、これもすぐに廃刊となって、「帝国」編集部に入ります。
そこでマルグレート・ボヴェリもまた反ユダヤ記事を書いたことがあったらしい。
その時代のことを戦後問われて彼女はこう言ったそうです。
私たちはみんな、あなたたちをごまかそうとしているのです。だから、語られたことのうち、どれが真実かをみわけるのはあなたたちの問題なのです。
また、戦後出た自伝『私たちはみんなごまかそうとしている——ヒトラーの足元のある首都新聞』(Wir lügen alle. Eine Hauptstadtzeitung unter Hitler)にはこう書いているそうです。
私が『われわれはごまかそうとしている』というのは、責任をだれかに転化したいがためではない。戦後になってヒトラー反対者だったという人はたいてい、世界中が第三帝国の悪行を忌み嫌っているのを知って初めて、過去の記憶をたぐりながら実は自分もナチスを忌み嫌っていたのだといって、程度の差はあれ責任転化を図っている(略)。
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