ドイツ共産党の反ユダヤ主義もユダヤ人の大量虐殺もなかったことにされた—ベルント・ジーグラー著『いま、なぜネオナチか?』[3]-(松沢呉一)
「戦後東ドイツで起きていたこと—ベルント・ジーグラー著『いま、なぜネオナチか?』[2]」の続きです。
東ドイツでは、ユダヤ人がナチズムの犠牲になったことも忘れられていった
まだしも西側ではユダヤ人が多数犠牲になったことが認識されているだけまだまし。東ドイツは犠牲者としてのユダヤ人さえ軽視されていきます。
協力からささやかな抵抗にいたる、一人ひとりのありとあらゆる対応のしかたは、計画的にぼかされた。反共産主義は、ファシズムの「重要な要件」なので、授業で詳しく取り上げられた。反ユダヤ主義は、教科書では年表以外に数行しか言及されなかった。ナチ体制の犠牲者は、公式には、ほとんど政治的犠牲者、つまり積極的な抵抗運動の闘士にかぎられた。数百万のユダヤ人、ジプシー、同性愛者、「反社会分子」は、副次的に触れられるにすぎず、忘れられた犠牲者だった。
ベルント・ジーグラー著『いま、なぜネオナチか?』を読むまでまったく認識していなかったので、ここは驚きましたし、納得もしました。
東ドイツの教科書でも歴史の本でもユダヤ人虐殺については軽く触れられるだけで、強制収容所はもっぱら共産主義者のための施設とされていきます。事実、始まりは政治犯を収容するための再教育施設だったわけですが、それにしたって社会民主党を支持するリベラリストたちもいたのに。
東ドイツで編纂された『政治学小辞典』の強制収容所の項で、ユダヤ人のことは一行しか記述がなかったそうです。辞典で一行ということは「犠牲者の中にはユダヤ人もいた」くらいか。
※前回埋め込んだ「Rechts und Radikal – Warum gerade im Osten?」よりミヒャエル・キューネン。『いま、なぜネオナチか?』にも何度か登場しますが、同性愛者であることは触れられてませんでした。個人のプライバシーに過ぎないですから、触れなくていいのかもしれないけれど、ナチスの中での同性愛人脈と、戦後のネオナチの中での同性愛者というテーマはそれなりに重要かと思います。結局ナチスは同性愛者人脈を粛清し、ネオナチもキューネンが同性愛者であり、そのためにエイズで死んだことはなかったことにしているようです。
元ナチ党員たちが反イスラエル機運を高めていった
ホロコーストの犠牲になったユダヤ人の存在は教えられず、パレスチナに対する支配者としてのユダヤ人批判だけが強調されていくことになります。これを煽っていったのがナチス時代にメディアに関与していたナチ党員たちでした。これがネオナチの反ユダヤを感情を醸成していったことは想像に堅くない。
東ドイツでは学校でブーヘンヴァルト強制収容所の見学旅行をするのですが、生徒たちはうんざりしている教条的歴史観の流れでしかとらえず、いくら虐殺されたところで共産主義者とファシストの闘いであり、自分の問題とはとらえられず、ただの「のんびりした遠足」と感じるのもいたとあります。
これによって共産主義者たちもまたユダヤ迫害に加担した歴史は消されました。
左翼もまた資本家としてのユダヤ人を敵視したことはこれまでにもたびたび書いてきましたが、ユダヤ人を敵視する国家主義者を取り込もうとする意図もあって、共産党はユダヤバッシングをしたことが本書には記載されています。
ドイツ共産党中央委員会委員のルート・フィッシャーは、1923年5月の学生集会で「ユダヤ人・資本家を踏み倒せ、街灯に吊るせ」と演説したとあります。あくまで「ユダヤ人の資本家」であり、ユダヤ人総体ではないですけど、ナチスが掲げるユダヤ人排斥に乗って、「殺せ」とやったわけです。
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